終焉期を迎えたハンセン病療養所の入所者心理・2017年
2017年07月15日
1年前の2016年の7月、熊本の国立ハンセン病療養所菊池恵楓園から送られてくる機関誌「菊池野」をめくっていて、目が止まった。そこには、「全国ハンセン病療養所入所者数・平均年齢」が記されていた。
入所者数1,577名、平均年齢84.8歳とあり、全国13の国立ハンセン病療養所それぞれの入所者数が記されていた。何に驚いたかというと、1577名という数字だった。約半世紀前、私が学生時代のころ、その数は1万1千人くらいだった。21年前の「らい予防法廃止」の年で入所者数は約5500名。この21年間で、約4000人が他界されている。
一種の危機感が走った。
日本のハンセン病史は近々幕引きを迎える。消滅の前に、療養所にいる人たちは今どんな気持ちでおられるか、そのことを聞いておきたいと思った。
入所しておられる方々にとっては、はた迷惑なことだが、アンケートを配布させてもらい、はがきで返答をしてもらおうと思い立った。ハンセン病社会復帰セミナーセンター「交流(むすび)の家」の仲間が、手分けして全国の入所者自治会にはがきを届けた。
その前に確認しておきたいと思った。今現在、入所者数はいったい何名なのだろう。2017年5月現在の入所者数合計を全国の自治会へ電話して調べた。合計人数は1,461名だった。1年間で116名の方が他界されていた。
失礼なアンケートご容赦願いたい、と書き、3つの項目を記したはがきを送った。
1.「今思うことを伝えたいことを20字で」、2.「次の項目のうちで、今の気持ちに該当するものに〇を。複数可です」、3.「人生を振り返ぅてどう感じられますか? 1.とても悪い 2.悪い 3.ふつう 4.良い 5.とても良い」。何人の人から返事が来るんだろう。せめて50人の人から返事が来るのを願った。
予想を超えて、アンケートはがきは返ってきた。北の東北新生園から南の宮古南静園まで。返送されたはがきは493枚になった。
ここにまとめるのは、3つの質問のうちの2番目で、「あなたの今の気持ちは?」と尋ねたもの。10項目の下記の気持ちを並べ、〇印をしてもらった。
① 差別、許せない
② 赦します
③ お母さーん
④ 故郷に帰りたい
⑤ あきらめている
⑥ ありがとう(感謝)
⑦ さようなら
⑧ 呆けたくないな
⑨ この病気のおかげ、もあります
⑩ 年取って、何が何だか、わからない
◆アンケート集計
1 差別、許せない →285 58%
2 赦します 62 13%
3 お母さーん 80 16%
4 故郷に帰りたい 100 20%
5 あきらめている 173 35%
6 ありがとう(感謝) 213 43%
7 さようなら 34 7%
8 呆けたくないな 162 33%
9 この病気のおかげ、もあります 81 16%
10 年取って、何が何だか、わからない 56 11%
◆⑥「ありがとう」(213人・43%)
強制収容をされた入所者の人の口からこの言葉は出てこないと思われるのに、これだけ多くの人が⑥に〇印をつけた。収容された直後だったら、⑥に〇をつける人はゼロに近かったと思う。長い時間が経ち、老い、いろんな障害が起こり、家族も他界し独りぼっちになり、なんとか生き延びて、⑥の気持ちが生まれた、とも考えられる。
◆⑨「この病気のおかげ、もあります」(81人・16%)
病(やまい)は悪、に終わらず、そこから別の何かをつかむことは至難のことと思われる。
日本では「結核」で亡くなる人が多かったが、その中で結核をバネとして人生を開いた人も多くあった。ハンセン病が心身に、また社会性という点で当事者に残した傷は深い。創造の病にハンセン病を人間がなしうるだろうかと思われるが、こんなに多くの人がそう答えていることは驚きでもある。
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