スマホの普及で、同じ位置に立ったマスメディアとネットメディア
2017年08月09日
広告代理店・博報堂DYメディアパートナーズでは毎年、社内研究機関・メディア環境研究所による調査を行っている。「メディア定点調査」と呼ばれるこの調査はメディア関係者が毎年注目し、参考にしているものだ。今年の結果は人とメディアの関係が次のステージに入ったことを示す、エポックメイキングなものだった。
→メディア環境研究所のリリース
強い衝撃を受けた私はYahoo!で記事を書いた。
→Yahoo!に書いた記事「飽和するスマホ、押し寄せる情報~メディア総接触時間、減少へ~」
スマホの普及は臨界点に達し、50代も8割近く、60代でさえ50%あたりまで増えたが、20代30代では9割を超え、逆に減少も見受けられる。スマホが人びとのメディア生活を目一杯に満たしてしまったのだ。
これに伴い、人びとのメディアに対する意識が変わった。「情報が多すぎる」「ネットの情報は鵜呑みにできない」と感じる人が増え、「気になるニュースは複数の情報源で確かめる」傾向も増えてきた。一方で「情報やコンテンツは無料で手に入るもので十分だ」と考える人が減った。
この一年の間に“フェイクニュース“という言葉を誰もが知ることとなり、DeNAのWELQが誤った医療情報を掲載していたことで閉鎖を余儀なくされた。スマホでたやすく情報収集できるようになった分、怪しい情報もどんどん入ってくるようになった。どれが正しくてどれが誤った情報か、見極めようとする意志が調査結果にはっきり表れたと解釈できる。
メディア環境研究所では、下記のページにこの調査のさらに詳しい内容をスライドにして公開している。読んでみると参考になるだろう。
→「【メディア生活フォーラム2017】“たしからしさ”を求める人たち」
インタビュー調査も行って人びとのメディア生活を克明に追った結果がスライドに出てくる。象徴的なのが、50歳の女性がドラマを見るまでにたどったメディア行動のリストだ。「Yahoo!ニュースの記事を読む」「Yahoo!ニュースのコメントを読む」「家族の口コミ」「友人の口コミ」「TVの番宣」「出演者のCM」「出演者のブログ」「Twitterでの評判」「Google検索」「Yahoo!知恵袋」と、これだけの情報を得たうえでドラマの視聴を決めたという。あるドラマが話題になっていると知ってすぐ見るのではなく、自分なりの経路で確かめる慎重さ。
メディアリテラシーという言葉は、ネットの使い方は複雑だからリテラシーの高い人が使いこなせても、低い人は使いこなせない、という前提で使われていたと思う。だがいまや、みんな高いリテラシーを持ちはじめ、たかがドラマを見るにあたっても自然とこれくらいの情報収集をするのだ。スマホをほとんどの人が使いこなすようになり、リテラシーの水準が大きく底上げされた。そこが同じWEBでも、PCベースとスマホベースではまったく違う。
さてここでは、こういう状況でこれからメディアはどうするべきか、また今後人びととメディアの関係はどう変化していくかを考えてみたい。
まず当然ながら、メディアはあらためてその信頼性が問われるようになった。ソーシャルメディアでの拡散によりPVを稼ごうとするバイラルメディアや、他のメディアから情報を寄せ集めるキュレーションメディアの類が影を潜めた。一部は実際になくなったし、残っているものも前ほど頻繁に見かけなくなった。人びとのメディア選別が進み怪しい情報はシェアされなくなったのだ。中には「〇〇〇〇の記事をシェアした人はフォローしません」などと特定のメディアを自分の情報圏から徹底的に排除しようとする人もいる。きつく映るがそれもその人なりの戦術の反映だろう。
では旧来のメディア、新聞や雑誌なら人びとは信頼し再びよく読まれるようになるのだろうか。そう単純ではなさそうだ。むしろ旧来メディアへも疑いの目線を怠らないようになった。新聞だから即信じるのではなく、
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