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【3.11アーカイブ】[2] 大地震から社会を守るために

災害被害軽減へ、東京への一極集中の是正が必要だ

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

慈母と厳父の自然により形成された独特な日本文化

拡大巨大地震を想定した医療訓練で、海上自衛隊の輸送機に搬入される患者役の人形=伊丹空港
 古来より我が国は様々な自然災害に見舞われてきた。風光明媚で多様な景観、温暖で湿潤な四季に富む気候、火山・温泉など自然豊かな日本列島は、4枚のプレートが押し合う地殻変動と、アジアモンスーン地帯に位置するゆえの風雨によって形成されてきた。梅雨時に雨が集中するが故に、短期間に農耕作業を協働する必要があり、独特な地域共同体が育まれた。

 自然の恵みとは裏腹に、海の生物の死骸がプレート運動によって運ばれた付加体と、火山噴出物からできた日本列島は、地質が脆(もろ)い。地震、噴火、台風などに繰り返し見舞われ、居住に適す平地が河口周辺に限られ、強い揺れ、液状化、津波、風水害、土砂災害などの災いを幾度となく受けてきた。まさに、日本の自然は、慈母であると同時に厳父でもある。

 こういった中、我が国は、防災文化とも言える日本文化を生み出し、危険を回避して生活を営む「防災の日常化」を実践してきた。怖いものの代名詞として「地震・雷・火事・親父」と言うが、地震・噴火に加え、集中豪雨を連想させる雷、木造密集家屋の火災と、近年の災害を彷彿とさせる。威厳ある「親父」は消えつつあるが、台風と関わりのある大山風(おおやまじ)が転じたとの見方もある。

 私は大学で建築学を教えているが、最初に学ぶのは、2000年前のローマの建築家・ウィトルウィウスの言葉「強なくして用なし、用なくして美なし、美なくして建築ではない(強用美)」である。自然の驚異から命を守るための建築が、使い勝手を考えるようになり、権力者が現れると荘厳さや美を尊ぶようになった。

 現代人は、小規模災害を抑える建設技術を手にし、人工空間に居住するようになり、災害に対する当事者意識が弱くなった。経済性や効率、見栄えを優先する社会となり、「美用強」の時代になった。そういった中、巨大地震の発生や温暖化に伴う風水害の危険が叫ばれている。

過去100年の3つの大震災

 過去100年の間に大震災と名付けられたのは、関東大震災、阪神・淡路大震災、東日本大震災の3つである。関東大震災では火災が、阪神・淡路大震災では強い揺れによる家屋被害が、東日本大震災では津波が主たる被害要因だった。地震規模・マグニチュードは、順に、Mj7.9、Mj7.3、Mw9.0である。Mjは気象庁マグニチュード、Mwはモーメントマグニチュードである。地震規模が大きくなるとMjが飽和するため、Mwが使われる。

 地震の大きさは、東日本、関東、阪神の順で、放出エネルギーはそれぞれ、30倍ずつ異なる。だが、犠牲者数は、2万余人、約10万人、6千余人となっており、被害量は地震規模よりは被災者人口や、天候、日時に左右される。とくに関東地震の被害は甚大である。

 地震発生時が昼前の炊事時で風が強かったこと、沖積低地に家屋が密集していたことなどが災いした。東京市の下町の死亡率は山手の25倍にも上る。東京府と神奈川県の死者は7万人と3万3千人、1925年の両府県の人口は448万人と142万人、現在は1,365万人と914万人、この人口比で現在に換算すると死者数は42万5千人にもなる。経済被害も当時の国家予算の3倍を超え、4年後には震災手形の不良債権化などにより昭和金融恐慌が発生した。その後、満州事変、2.26事件、日中戦争、太平洋戦争へとつながっていった。

切迫する大地震

 政府・地震調査推進本部から、地震発生の長期評価が公表されており、南海トラフ地震と首都直下地震の今後30年間の地震発生確率は70%程度だとされている。中でも南海トラフ地震は、予想マグニチュードは8~9と巨大で、100~150年程度で繰り返し発生してきた。地震の発生の仕方は多様で、東海地震と南海地震が同時発生することも、時間差を持って発生することもある。前後には西日本を中心に内陸直下の活断層による地震も頻発する。このため、地震発生時期は、歴史の転換時期にも重なる。

 政府による予測では、最大クラスの南海トラフ巨大地震の被害は、最悪、死者32万3千人、全壊家屋240万棟、経済被害はストック被害170兆円、フロー被害45兆円とされている。ストック被害やフロー被害は、それぞれ我が国の固定資産やGDPの1割に相当し、東日本大震災の被害とは一桁異なる。東日本に比べ、被災者人口が10倍で、震源位置が陸寄りであることなどを考えると、十分にあり得る被害量だ。過去の南海トラフ地震について、当時の死者を人口換算してみれば過大ではないことが分かる。

災害対応力が弱る日本

 我が国は、多大な債務を抱える中、少子高齢化による人口減少に直面している。気候温暖化や地震活動期を迎え、首都圏への一極集中による首都の過密と地方の過疎などの課題を抱えている。

 過密した都市では、まちが沿岸低地や丘陵地に拡大し、建物を高層化・密集化させてきた。高速鉄道に頼った長距離通勤は帰宅困難問題を招き、ライフライン・インフラへの依存は被害波及を拡大させる。建物の長大化は同時被災者を増加させ、家屋密集は火災危険度を増す。堤防に守られた海抜ゼロメートル地帯は浸水被害と、丘陵地の谷を埋め盛り土した場所は土砂災害と隣り合わせだ。

 一方で過疎地では、若者の流出により高齢化が進み、限界集落化している。山が荒れ田畑の維持も難しく、土地の相続未登記の問題もある。東京の結婚率や出生率、三世帯同居率の低さは、人口減少と社会福祉の問題を生み出す原因でもあり、地方からの人口流出を食い止めなければならない。阪神淡路大震災でも東日本大震災でも高齢者の死亡率は若年者の5倍にも上る。高齢者の事前防災の重要性が分かる。

 債務が増大する中、堤防や道路・橋梁などの社会インフラ、電気・ガス・上下水道などのライフラインを全て維持することは困難であり、公助依存にも限界がある。公への依頼心が強い現状を見直し、債務の減少と、自助・共助力の育成を図らなければならない。

災害被害軽減のために

 災害被害軽減の基本は、ハザード、暴露量、脆弱性を減らし、回復力を増すことにある。ハザード低減の基本は危険を回避することにある。人口減少を逆手に取り、安全な場所にまちを撤退する土地利用が望まれる。まちを集約化し輪中堤などでハザードを軽減する方法もある。インフラ・ライフライン維持経費の節減のためにも、コンパクトシティなどのまちの集約化は避けては通れない。合わせて、自然エネルギーや井戸、ドローン、自動運転などの最新技術を活用したライフラインに頼らない自立住宅化で、里山や田畑の維持を図る方策も考えたい。

 暴露量の低減には過度な集中を避けること、特に東京への一極集中を是正する必要がある。そのためには地方の活性化と魅力造りが不可欠である。それに加え、東京本社への単身赴任と家族の居る地方支店勤務を繰り返す現代版参勤交代システムや、退職後の地方での再雇用、テレワーク制度の普及、首都圏の大学入学定員制限など、多様な施策を組み合わせていく必要がある。中央リニア新幹線の開通は、人口分散の可能性を秘めている。

 脆弱性を減らすには、個人や事業者の耐震化など強靭化が基本となる。耐震化などの必要性の啓発、安価な対策工法の開発、強靭化の体制作り、資金援助や税制優遇など、総合的な施策が必要である。とくに社会の基盤となるインフラとライフラインの強化は必須である。近年、電力やガス、通信の自由化で、安全投資が減少している。近視眼的に経済性・効率性を追い求めず、長期的視野で安全性確保を図っていきたい。

 回復力を増すには、最新のITを活用した被害状況と対応資源の早期把握と、災害後トリアージに基づく最適運用による被害波及の抑制が鍵を握る。さらに、早期回復のための業務継続計画策定などの事前準備、個人・地域・事業者の生きる力の醸成が必要である。

 来る大地震から社会を守り、次世代に社会を引き継ぐため、できる限りのことをしておくことが現代社会に生きる私たちの役割だと考える。一人一人が率先市民として行動したい。

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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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