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座間の事件で振り返る「若い頃の自殺願望」

「自殺してはいけない」という納得できる明確な理由に行き着くまでには……

菘あつこ フリージャーナリスト

現場アパート近くに供えられた菓子のパッケージには「また会おうな」「おれは仲直りしたかった」と被害者に向けたと思われるメッセージが書かれていた=2017年11月10日、神奈川県座間市緑ケ丘6丁目拡大現場アパート近くに供えられた菓子のパッケージには「また会おうな」「おれは仲直りしたかった」と被害者に向けたと思われるメッセージが書かれていた=2017年11月10日、神奈川県座間市緑ケ丘6丁目
 座間市で若い女性8人と男性1人の遺体が見つかった事件には衝撃を受けた方が多いだろう。私も、このニュースに触れて、大きな衝撃を受けた。

 というのも、「もしも時代や場所が違っていたら、私も被害者だったかもしれない」という思いが頭から離れなくなったのだ。今、私は今回の被害者の倍かそれ以上の年齢だから、仮に今、Twitterで自殺願望をつぶやいたとしても白石容疑者に接触される対象ではなかっただろうけれど、30年前の私だったら?

  被害者の女性達の身元が判明して、そのプロフィールを見るにつけ、もちろんそれぞれ個々違う部分はあるけれど、演劇や美術、音楽、アニメなど、文化的なことに関心を持つ感受性の強い女の子たちが多いように見える……。だからこそ、“死”について考え、“死”についてつぶやいたのだろう。この事件、容疑者の人間像についての記事が多いけれど、この原稿では、被害者の女性達が考えていたことについて思いを巡らせてみたいと思う。

  「女性達は『寂しかった』とか『話を聞いて欲しかった』と言っていた。会ってみたら『死にたい』という人なんていなかった」と容疑者が言っているという。これを聞くと、恋人、もしかすると恋人になるかも知れない男性に甘えたい、本当は死にたいなんて思っていないのに甘えで口に出していたのかと感じる人もいるかも知れない。

  「寂しかった」「話を聞いて欲しかった」は本当だろう。でも、やっぱり、だから甘えて「死にたい」といったというような軽いものではなかったように私は感じる。「死にたい」なんて簡単に口走ってはいけないことは分かっている、けれど、それについて考えずにはいられないのだ。

  私も中学生、高校生、大学生の頃「どうして自殺してはいけないのだろう?」と、しょっちゅう考えていた。辛いことがあって「死にたい」と思うこととは別に、自殺が“悪いこと”とはどうしても思えなかったのだ。他人を殺すのは悪い、怪我させるのも悪いし精神的に傷つけるのだって悪いこと、けれど、自分が自分で納得して死ぬことのどこが悪いんだろう?と。 ・・・続きを読む
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筆者

菘あつこ

菘あつこ(すずな・あつこ) フリージャーナリスト

立命館大学産業社会学部卒業。朝日新聞(大阪本社版)、神戸新聞、バレエ専門誌「SWAN MAGAZINE」などに舞踊評やバレエ・ダンス関連記事を中心に執筆、雑誌に社会・文化に関する記事を掲載。文化庁の各事業(芸術祭・アートマネジメント重点支援事業・国際芸術交流支援事業など)、兵庫県芸術奨励賞、芦屋市文化振興審議会等行政の各委員や講師も歴任。著書に『ココロとカラダに効くバレエ』。

 

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