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[15]「ネットカフェ難民」調査に見る貧困の今

「私の若者論」の開陳はもういらない

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 およそ10年ぶりに、「ネットカフェ難民」という言葉が世間を賑わしている。

 今年1月26日、東京都はネットカフェなどに暮らす「住居喪失不安定就労者」等の実態調査の結果を発表した。

 その調査結果は、「都内のネットカフェ難民、約4000人」という見出しで報道され、ネットでも大きな話題になった。

貧困の実態を踏まえていない、自己責任論と擁護論

拡大元ネットカフェ難民の男性は、6畳半のワンルームマンションに入居した。これから家具や家電をそろえていく=東京都内
 テレビでも、2月18日放送のフジテレビ系『ワイドナショー』において、「ネットカフェ難民」問題が取り上げられ、コメンテーターのダウンタウン・松本人志が「(ネットカフェ難民に)ちゃんと働いてほしい」、「(ネットカフェを出て)路上なら頑張るんじゃないかな」等と発言したことが物議を醸した。

 3月6日にインターネットテレビAbemaTVで配信されたニュース番組『AbemaPrime』でも、この問題が取り上げられた。

 出演者の一人、若新雄純・慶應義塾大学特任准教授は「(ネットカフェは)貧しい人たちが生活している場所だと思っている人は多いが、僕からすると贅沢な図書館」、「勝手に線引きせずに、新しい生き方を選んでいる人がいるということを知るべき」等と持論を展開した。

 「もっと頑張るべき」という自己責任論と、「若者の新しいライフスタイルだから尊重すべき」という擁護論は、一見、正反対のようだが、どちらも貧困の実態を踏まえていないという点では、コインの裏表である。

 私にはどちらの論者も、自身がもともと持っている「若者」観を「ネットカフェ難民」に投影しているだけのように見える。

 「ネットカフェ難民」問題が「私の若者論」を語るための格好のツールにされているのだ。

10年前にも同じような議論

 実は「ネットカフェ難民」については、10年前にも同じような議論が交わされていた。当時を少し振り返ってみよう。

 「ネットカフェ難民」という言葉は、2007年から2009年にかけて放映された日本テレビ系列『NNNドキュメント』の「ネットカフェ難民」シリーズ(全5話)が大きな社会的反響を呼んだことにより、広く知られるようになった言葉である。2007年の「ユーキャン新語・流行語大賞」ではトップテンの1つに選ばれた。

 「ネットカフェ難民」シリーズを制作したディレクターの水島宏明氏(現・上智大学教授)は、かつて特派員として旧ユーゴスラビアやルワンダの内戦を取材し、難民キャンプの惨状に触れてきた経験があった。日本に戻って、私たち生活困窮者支援団体への取材を通して、ネットカフェで暮らす若者たちの窮状を知り、海外での難民キャンプの状況との類似性を感じたがゆえに、「ネットカフェ難民」という語をつくり出したと聞いている。

 しかし、この言葉が流行語となり、どのテレビ局もこの問題を追いかけ始めると、水島ディレクターが強調したかった「難民」性はあまり顧みられなくなった。後追いの番組では、のぞき見趣味的な取材も散見され、「ネットカフェ」という場所を居住の場としていることの特異性が強調する傾向が強まっていった。

 政治家の中からも問題を矮小化しようとする動きが現れた。

 2008年10月、石原慎太郎東京都知事(当時)は、「(ネットカフェ難民は)ファッションみたいな形で泊まっている」、「大変だ、大変だというのは、メディアのとらえ方もおかしい」等と発言。私たち生活困窮者支援団体から抗議を受けた。

「ネットカフェ」という場所のみに焦点が当たることは疑問

 私は「ネットカフェ難民」という言葉のインパクトが若年層の貧困問題を世に知らしめた功績を評価しながらも、マスメディアにおいて「ネットカフェ」という場所にのみ焦点が当たることに、次第に疑問を抱くようになった。

 実際には、住まいを失った人はネットカフェのみに宿泊しているのではなく、金銭的に余裕がある時はカプセルホテルやサウナに止まり、お金がなくなれば、24時間営業のファストフード店やファミレス、路上等に移動するなど、「その日の懐具合」によって都市の中を漂流していることを支援現場での経験から知っていたからである。

 そこで、2009年に私は『ハウジングプア』(山吹書店)という著作を上梓し、ネットカフェだけでなく、カプセルホテル、サウナ、24時間営業の飲食店、友人宅、派遣会社の社員寮、路上など、貧困ゆえに不安定な居所で暮らさざるをえない状態を「ハウジングプア」と総称することを提言した。ただ残念ながら、この言葉は関係者の間でしか広がらなかった。

 2010年代に入り、子どもの貧困が注目される一方、ワーキングプアなど大人の貧困に関する報道は減少していった。「ネットカフェ難民」問題も、マスメディアのレベルでは忘れ去られていたと言ってもよい。行政も、2007年に厚生労働省が一度きり、「ネットカフェ難民」の実態調査を実施して以降、私たちの度重なる要請に耳を傾けず、調査を実施してこなかった。

 しかし、このたび、東京都による初の調査結果が発表されたことにより、10年間の空白を経て、再び「ネットカフェ難民」問題が注目を集めることになったのである。

 忘れ去られていた問題が再度、注目を浴びるのは悪いことではない。だが私は、前回同様、「ネットカフェ難民」問題をめぐる議論には注意が必要だと考えている。

 「ネットカフェ」という場所にまつわるイメージに寄りかかって、そこに暮らしている人たちの実態を見ようとせず、「私の若者論」を開陳しようとする人が多すぎるからだ。

ネットカフェ「だけ」に宿泊している人はごく少数派

 真剣に問題に取り組みたいのであれば、真っ先に行うべきことはデータを読み解くことである。

 例えば、住まいを失ってネットカフェで暮らしている人のうち、ネットカフェ「だけ」に宿泊している人は、ごく少数派である。今回の都の調査結果では、「ネットカフェ・漫画喫茶・ネットルーム以外で宿泊することはない」と答えている人はわずか4.4%しかいない。

 その一方、公園・河川敷・道路などで寝泊まりすることがあると答えている人は43.8%いる。松本人志に言われなくても、お金がない時は路上生活になっている人が多いのだ。

 これは世間のイメージする「ネットカフェ難民」像とは大きく違うと言うことができるだろう。

 実態を正確に把握するため、都の調査結果を詳しく見ていこう。

 東京都の実態調査は2016年11月から2017年1月にかけて実施されたもので、以下の3つの調査から成り立っている。

 1つ目の調査では、都内のインターネットカフェ、漫画喫茶、ネットルーム、ビデオルーム、カプセルホテル・サウナの全店舗(502店舗)の店長や店員等にアンケートを行い、平日(月曜~木曜)の1日あたりの平均的なオールナイト利用者の概数及び、そのうち週の半分以上利用する常連の概数を調査し、222店舗から回答を得た。

 そこから、こうした店舗のオールナイト利用者は約15300人。そのうち常連は約5100人との推計値を出している。

 次に、これらの店舗を利用している946人にアンケートを行い、利用状況や利用の理由などを聞いている。

 利用の理由で最も多いのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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