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[16]セーフティネットとしての公営住宅とは?

県警OBが督促する富山、社会福祉士が支援する群馬

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 昨年4月19日に改正住宅セーフティネット法が成立して、1年が経過した。この法改正は、高齢者、障害者、低額所得者など、一般の賃貸住宅市場で住宅を借りにくい状況にある人たちへの居住支援として、一定の基準を満たした空き家や空き室を活用する「新たな住宅セーフティネット制度」を新設することを主眼としている。

空き家利用の住宅登録は進まず

 昨年10月には、都道府県ごとに空き家・空き室を登録するシステムが始まり、国土交通省は登録住宅の情報をまとめた「セーフティネット住宅情報提供システム」という名称のホームページを開設した。国交省は、今後3年半の間に年間5万戸ずつ住宅の登録数を増やし、2020年度末までに全国で17万5千戸の「セーフティネット住宅」を整備するという目標を掲げ、新制度はスタートを切った。

 しかし、新制度が発足して半年経った現在、「セーフティネット住宅情報提供システム」のホームページをのぞいてみると、住宅の登録数は全国でわずか609戸(4月20日時点)にとどまっている。登録が進まない要因としては、物件オーナーや不動産関係者の間で新制度がまだ浸透していないということや、物件の登録・管理業務を担当する体制が整っていない都道府県があるといった点が考えられるが、これらの点を割り引いても、「新たな住宅セーフティネット制度」はスタート時から目標達成に黄色信号が灯っていると言ってよい状況だ。

 また今後、順調に登録数が増え、目標達成に近づいたとしても、高齢化や貧困の拡大に伴い、住宅の確保に困難を感じている人が増加している状況を踏まえると、全国で17万5千戸という規模の対策は、「焼け石に水」程度の効果しかもたらさないのではないか、という見方をすることもできる。新制度に過度な期待をすることは禁物であろう。

公営住宅の役割の見直しを

 では、「住宅セーフティネット」の整備はどのように進めるべきなのだろうか。私はもう一度、公営住宅の役割を見直すべきではないかと考えている。

 公営住宅は1951年に制定された公営住宅法に基づいて設置されている住宅である。公営住宅法の第1条には、「この法律は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。」と書かれている。「住宅に困窮する低額所得者」が増加傾向にある現在、この条文の持つ意義は高まっていると言える。

 しかし、現実には地方自治体の財政難を背景に公営住宅の役割は縮小されつつある。全国の公営住宅の管理戸数の合計は、2005年度の219万1875戸をピークとして微減傾向にあり、2014年度には216万9218戸となっている。

 人口減少の時代を迎え、公営住宅の戸数を増やす必要はない、というのが国や地方自治体の住宅行政の基本方針だ。しかし、今年1月に総務省が発表した「公的住宅の供給等に関する行政評価・監視結果報告書」では、公営住宅の応募状況を把握できた68の自治体のうち、応募倍率が5倍を超えている自治体が39自治体と全体の55.9%を占め、うち17自治体(25.0%)では10倍を超えていた。大都市部を中心に公営住宅が「住宅に困窮する低額所得者」のニーズを満たしているとは言えない状況があるのだ。

公営住宅の「質」の問題にも踏み込んだ総務省調査

 また、この総務省の調査は、公営住宅の「量」の問題だけでなく、各自治体の公営住宅入居者や入居希望者への対応が適切かどうか、という「質」の問題にも踏み込んでいる。具体的に指摘しているのは保証人問題や家賃滞納者への対応だ。

 総務省が調査した69自治体のうち、公営住宅の入居に際して保証人を用意できない入居希望者に対して、保証人を免除する特例措置を導入している自治体は48自治体(69.6%)ある。また、家賃保証会社等の法人による保証を認めている自治体も3自治体(4.3%)あると言う。その一方で、11の自治体では保証人を確保できない人が入居を辞退せざるをえないという事例が発生しており、その件数は計65件にのぼっている。そのため、総務省は国土交通省に対して、保証人の確保に関する実態を的確に把握し、保証人免除や法人保証などの特例措置についての情報提供をもとめる勧告を行った。

 また、家賃の滞納については、入居世帯の約1割が家賃を1カ月以上滞納しているという結果が出た。その背景に、自治体が滞納者の状況を把握していない、入居者が社会福祉的な支援を必要としているにもかかわらず、住宅部局と福祉部局の連携が不十分であるといったケースが判明したため、総務省は国土交通省及び厚生労働省の両省に対して、各自治体の住宅部局と福祉部局が連携した支援の例を自治体に示すことにより、両部局の連携を促すことを勧告した。

 いくら公営住宅という器があったとしても、保証人を立てられない人が入居できなかったり、入居後に家賃が払えないほど生活が困窮した時に適切な支援を受けられなければ、「住宅セーフティネット」としては十全に機能していないと言わざるをえないだろう。これらの点に光を当てた総務省の調査の意義は大きいと言える。

家賃滞納者への自治体の対応が問題に

 自治体による家賃滞納者への対応が問題となったケースとしては、2014年9月に千葉県銚子市の県営住宅で発生した母子心中事件が記憶に新しい。

 この事件は、県営住宅の家賃を滞納し、最終的に裁判所による明け渡しの強制執行という事態に至ってしまった43歳のシングルマザーが、執行の当日の朝、自暴自棄になって中学生の娘を絞殺し、自分も自死しようとしていたところ発見され、逮捕されたという事件である。母親は懲役7年の実刑判決を受け、刑に服することになったが、強制執行に至るまでの行政の対応に問題視され、法律家らによって結成された調査団によって千葉県や銚子市に対するヒアリング調査が行われた。

 その調査活動の結果、県営住宅の家賃減免措置が周知されていなかったこと、家賃滞納者への督促が機械的であり、社会福祉的な視点に欠けていたこと、千葉県の住宅課と銚子市の福祉課との連携が行われていなかったこと等が明らかになった。

 国土交通省も事件後の2014年11月、「公営住宅の滞納家賃の徴収における留意事項等について」という通知を各自治体に発出した。この通知の中で国土交通省は各自治体に対して、公営住宅の家賃減免制度の周知に努めるとともに、やむを得ず家賃を支払えない状況にある者に対しては、その収入状況や事情を十分に把握した上で、減免等の適切な措置を取り、行政の各部局や公営住宅がある市区町村と緊密な連携をはかり支援策の情報提供や助言等を行うことなどを要請した。

 このように千葉県の県営住宅での母子の悲劇は関係者に大きな衝撃を与え、その悲劇から教訓を得ようという動きも現れたが、その後の各自治体の対応には温度差があったようだ。

県警OBが威圧的な督促

 今年2月には新聞報道がきっかけとなり、富山県の県営住宅で家賃減免制度の適用が生活保護利用者のみに限定され、2012年度以降の適用件数が計7件にとどまっていること、家賃滞納者への督促を県警OBの嘱託職員が担当しており、玄関先で大声で返済を迫るなど、「催促が威圧的で厳しすぎる」という声が入居者からあがっていることが発覚した。

 富山県で生活困窮者支援に取り組む関係者でつくる「反-貧困ネットワークとやま」は、3月6日、県に対して「県営住宅の家賃減免の適切な運用、家賃督促の適正化等に関する要望書」を提出。公営住宅法の理念に立ち戻り、家賃減免制度の適切な運用、不当・違法な家賃督促の実態の調査と再発防止策の実施、入居者の状況に応じた適切な福祉的な支援を実施できるようにするための人員配置や他機関との連携体制の構築等を要望した。

富山県の担当者に要望書を渡す「反-貧困ネットワークとやま」の関係者(右)=3月6日、「反-貧困ネットワークとやま」提供

 同ネットワークの代表世話人の一人である西山貞義弁護士によると、この緊急申し入れでは「富山県内のテレビ、新聞各社がほぼ全て取材に来る中、要望書を担当係長らに渡すことができ、圧倒的な社会的関心が背景にあるということを示すことができた。」という。また、担当係長からは「調査の上、必要があれば、家賃減免を定めた要綱の改正についても検討したい」、「納付指導は誤解を招かないよう務め、どんなやり方がいいのか考えたい」と前向きな回答を得ることができたそうだ。実際、その後、富山県は家賃減免制度の活用に向けて,要綱の改正に動き出しているという。

 この申し入れがマスメディアによって報道されると、

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