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安倍政権が断念した一気呵成の「放送改革」

残る、民放番組が『ニュース女子』化する危険 放送業界は「対案」の提示を

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

民放業界に動揺が広がった

拡大規制改革推進会議であいさつする安倍晋三首相(左から2人目)=首相官邸
 3月15日、共同通信が配信した1本の記事が民放業界を震撼させていた。その記事は「政治的公平の条文撤廃/党派色強い放送局可能に」という見出しとともに、これまで放送局に政治的公平や報道の真実性を義務づけてきた放送法4条を撤廃し、規制が多い「放送」と規制がほとんどない「通信(インターネット)」を統合するという安倍政権の方針が報じられていた。

 この日、筆者が訪れた民放の地方テレビ局では旧知の局長クラスの幹部が記事のコピーを握りしめてつぶやいていた。

 「大変な時代がくるね・・・」

 政府が進めようとしている放送の規制改革について、この幹部が知らなかったわけではない。放送と通信が融合するなか両者の垣根がどんどん低くなる近未来を予想し、いつの日か黒船が沖合に姿を現すことは覚悟してきたものの、いざ目の前に船が現れてその姿を目で確認してみて、船の大きさに慌てふためく・・・。あたかも長く続いた鎖国から醒めて欧米列強の実力を見せつけられた江戸末期の日本人のようでもあった。

 今後民放業界はどうなるのか、自分のいる会社は果たして存続できるのか。放送業界がこれまで経験していない変革がこれからやってくる。大きなショックと混乱が予想された。

 1週間後の3月22日、この問題の報道で先行する共同通信が打った続報は関係者にさらにショックを与えた。「放送の規制を全廃方針/安倍政権、通信と一本化/偏った番組氾濫の恐れ」という見出しで、政府はNHK関連を除いては放送法の規制をほぼ撤廃する方針だと報じたのだ。共同が入手した政府の内部文書によると、ネット動画配信サービスなどと民放テレビ局を同列に扱い、新規参入を促す構えで、NHKを除く放送は基本的に不要になる。つまり、民放という業態を事実上なくすことを意味していた。「民放を事実上なくす。放送法はNHKのみを規制する」という政府案に対しては民放各社の経営者たちから反発の声が一斉に上がった。

 次期日本民間放送連盟(民放連)会長に内定している日本テレビの大久保好男社長は定例社長会見で「報道通りの内容であるならば、民放事業者は不要だと言っているのに等しく、とても容認できない」と反発。「放送が果たしてきた公共的、社会的役割について考慮がなされていない」と真っ向から反対する姿勢を示した。

小さくない「地方民放局」の役割

 多くの読者は、民放というとテレビの場合には東京キー局が作るドラマやバラエティー番組が真っ先に浮かぶかもしれない。しかし、民放が送り出している番組群には、キー局が作って放送する東京発の番組だけでなく、大阪発、名古屋発などの地方発の全国放送番組があるほか、それぞれの地域では「ローカル放送」としてその地域内だけで放送されている番組もある。

 現在、日本にある民間放送局はテレビとラジオを合わせて200社あまり。テレビでは衛星波の放送局も合わせた数字だが、最大の数を占める地上波放送局でも東京キー局よりも地方局のほうが圧倒的に多い。地方ごとに電波が割り当てられ、それぞれの地方局に免許が与えられている。たとえばテレビ局の系列として最大の数を誇る日本テレビ系ネットワーク(NNN)では30局が全国ネットを組んでいる。テレビ朝日系のネットワーク(ANN)でも26局。つまり、主な系列では東京キー局にだいたい30近い地方局がぶらさがっている構図になる。

 地方局はキー局が制作する全国ネットの番組を放送する一方、それぞれの地域内でニュース番組やトピックスについて放送するローカル情報番組などを放送している。ローカル放送の番組は他の地域では流れない。自社制作の比率は少ない局でも放送番組全体の10%程度。多い局だと20%程度まで割合は局によってはまちまちだ。

 地域で発信するローカル放送番組の中には、地元の人気タレントが出て地域の独特の文化を紹介する番組もあるし、ドキュメンタリーの中には全国放送でもめったに行わないような硬派の調査報道番組があったりする。

 地方で奮闘する民放局の代表例として日本テレビ系の山口放送を挙げると、同社は最近、日本放送文化大賞という民放連のコンクールでテレビ部門のグランプリをたびたび受賞するなど快挙を続けている。

 2008年にグランプリを獲った「山で最期を迎えたい〜ある夫婦の桃源郷〜」は山口県の人里離れた山奥で暮らし続けた夫婦の一生を記録したドキュメンタリーである。その後も続編が作られて映画化されているが、この受賞時点で17年間も撮影を続けていた。2015年のグランプリの「奥底の悲しみ 〜戦後70年、引き揚げ者の記憶〜」は、終戦直後に旧満州から引き上げる時に旧ソ連兵や中国人の盗賊などから性暴力の被害に遭った女性たちの悲痛な体験やその後に帰国してからも秘密裏に堕胎手術を受けた出来事を伝えた。2017年の「記憶の澱(おり)」もそれに続いて性暴力の被害や加害、虐殺の加害体験など、「誰にも話すことなく墓場まで持っていこうとしていたむごい体験」について丁寧に証言を集めたドキュメンタリー作品だ。3作品とも同局の佐々木聰ディレクターが制作したものだが、長期間かけて1組の家族を追った作品や戦争体験の過酷な現実について時間をかけてじっくり記録した番組はキー局ではとても制作できない。NHKでも加害責任を明らかにする形の番組でこれほどの質が高いものは制作できないのが実情で、佐々木さんの番組はいろいろなコンクールで高く評価されている。

 こうしてみると、公共放送のNHKだけで、放送の「公共的な役割」を果たせるものではなく、民放局というもう一つのテレビの運営形態があるからこそ、視聴者に17年もの取材で記録した夫婦愛の形を伝えることで感動を届けたり、戦争時に起きた悲惨な出来事をリアルに伝えたりできることがわかる。特に東京発や大阪発などの画一的な番組ではなく、地方発の民放番組が示してきた多様性はこの国の放送文化を豊かなものにしてきた。佐々木さんのように日本放送文化大賞を3度も獲った制作者は、キー局にも準キー局にもまだ存在しない。

 民放連次期会長の大久保好男・日本テレビ社長が定例会見で語った「(民放の)公共的社会的役割」には、地方の民放局が果たしてきた役割も当然ながら存在する。その役割はけっして小さくはない。

放送改革の進行は地方局の経営に大きく影響

 ところが今回報道された政府案のように、放送と通信の融合を一気に進めて民間放送という業態をなくしてしまうと、同じ系列局であっても別会社として存在しているキー局と地方局では、仮にキー局がネット時代にも生き残っていけるとしても地方局までがすべて生き残れるという保証はない。あまり知られていないが、特定のキー局のネットワーク系列にいる地方放送局は、キー局が拠出するお金が経営の屋台骨になっているといっても過言ではない。

 地方局はそれぞれのエリアで自前の電波で放送する免許を受けて放送している。キー局の番組が地方で放送される時には、地方局の電波を使ってそのエリアで放送することでキー局の番組が放送されるが、このことによってキー局から地方局に「ネットワーク分配金」というお金が支払われる。現在は、キー局はそれぞれの地方ごとに地方局の電波を使って(全国ネットの番組を)放送する仕組みだから、キー局は各地方局に「ネットワーク配分金」を支払わなければならない。ところがこれが電波ではなくなって、「インターネット」を通じて東京発の番組が地方局を介在しなくても視聴者に届くようになると、キー局は地方局に対してお金を払う必要はなくなってしまう。

 つまりネット時代になると地方局はキー局からそれまで受け取っていた「ネットワーク分配金」が入らなくなってしまう。それだけで多くの地方局の経営が傾くことになる。放送改革が進むと経営難に陥る会社が各地に出ると言われている。

 地方局の側も合従連衡や設備運用のスリム化などを検討して、経営的な合理化を進めていくだろう。現在のようにエリアによっては1県に1放送局が系列ごとにあるなどということはもはや成り立たなくなるに違いない。現行制度上はまだ出来ないが、いずれは、たとえば系列ごとに九州で1つ、中国・四国地方で1つ、東北・北海道で1つなどと小さな放送局を合併・統合させて資本や労働力を集中して合理化し、存続を図るしかないだろう。

 また現在ある日テレ系、テレ朝系、TBS系、テレ東系、フジ系などと民放系列を5つも残す必要はないという話にもなるだろう。テレビの広告費収入が次第に減少していく中で淘汰される系列、淘汰される局が出てくる。弱い地方局は倒産したり、他社に吸収されたりせざるを得なくなってしまう。ネットという荒波の中で「地方放送局」というビジネスが今まで通りにできることはもはや想像できないところまで来ている。護送船団方式で守られてきたビジネスモデルからの脱却を自ら進めていく対案を業界自らが作り、示していく必要がある。

 そうなると「地方文化を守る」「地域の住民のニーズに合った情報を提供する」といった、これまで地方局が担ってきた公共的な役割を誰に担っていくのか。それが問われることになる。そのことに地方民放局は誇りを持っていいし、堂々と議論をすればいいと思う。

「放送とネットの融合」で懸念されるテレビの『ニュース女子』化

 3月22日に共同通信が配信した記事によると、政府は、放送という制度を事実上なくし、インターネット通信の規制と一本化して、ネット動画配信サービスなどと民放テレビ局を同列に扱い、新規参入を促す構えだと記されている。そうなると、これまで放送法4条にあった「公安および善良な風俗を守る」「政治的公平」「報道の真実性」「意見の多様性」の義務が撤廃されることになる。

 そうなると、放送法のような規制がない「ネット番組」と称するもののなかで、よくある、「誰かを誹謗中傷するなど社会の秩序に対して破壊的なもの」「政治的に不公平」「裏取りがされていないデマ情報」「一面的で一方的な主張」が氾濫することが懸念される。

 このことで筆者が懸念するのは昨年TOKYO MX テレビで放送されて大きな波紋を広げた『ニュース女子』のような番組が急増することだ。同番組は ・・・ログインして読む
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筆者

水島宏明

水島宏明(みずしま・ひろあき) ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビでテレビ報道に携わり、ロンドン、ベルリン特派員、「NNNドキュメント」ディレクター、「ズームイン!」解説キャスター等の後、法政大学社会学部教授を経て16 年4 月から現職。主な番組に「ネットカフェ難民」など。主な著書に『内側から見たテレビ』など。「ヤフーニュース・個人」で報道に関する記事を発信中。

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