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荒川静香が世界殿堂入り。その意味とは?

現役時代の成績とフィギュアスケート界への貢献も条件

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

リノ五輪女子フィギュアスケートで金メダルに輝いた荒川静香さん 拡大2006年のトリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香さん

 4月17日、2006年トリノオリンピック女王の荒川静香が、フィギュアスケート世界殿堂入りを果たした。荒川静香は2004年世界選手権チャンピオンでもあり、トリノオリンピックでは日本人選手として唯一のメダリストになった。またフィギュアスケートでは、アジア人として初のオリンピック金メダリストでもある。

 日本人が世界殿堂に選ばれたのは、2003年の伊藤みどり(1992年アルベールビル五輪銀メダル)、2010年の佐藤信夫コーチに次いで3人目になる。

 受賞直後に本人から発表されたコメントは、以下の通りだ。

 「この度は世界フィギアスケート殿堂入りという栄誉を頂き、大変光栄に思っております。私も今朝のニュースで知ったばかりでまだ実感が湧かないところではございますが、これまで30年余りフィギアスケートに携わってきた中で、競技者としてプロとしての経験から沢山のことを学び、多くの方々と出逢い、ご指導ご鞭撻、そして応援していただいた日々が今日に至ることに感謝致します。今後もスケート界の普及と発展に微力ながらも貢献できるよう、過ごして参りたいと思っております」

子どもたちにスケートを教える荒川静香さん=横浜市中区拡大子どもたちにスケートを教える荒川静香さん=2015年1月、横浜市中区
 トリノオリンピックを最後に競技から引退した荒川は、プロとしてアイスショーに出演するだけではなく、自らアイスショー「フレンズオンアイス」のプロデュースを手がけてきた。

 また子供たちの指導など草の根レベルでのイベント参加と同時に、テレビの解説者、日本スケート連盟の副会長として、多忙な活動を行っている。

世界殿堂とは

 ところでこのフィギュアスケート世界殿堂とは、どのような機関でどのようなプロセスを経て選出されるのか。

 フィギュアスケート世界殿堂は、米国フィギュアスケート連盟の本拠地、コロラド州コロラドスプリングスにある世界フィギュアスケート博物館によって1976年に設立された。

 同機関が毎年、候補者を一般に公募し、世界各地にいる会員7名が挙げられた候補者の中から最終的な投票用のリストを作成する。 ・・・ログインして読む
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筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書に、『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』、『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

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