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トーニャ・ハーディングはどんな人物だったのか?

フィギュアスケート史上最悪のスキャンダルの顚末

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I,TONYA)』の公式サイトより拡大『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』の公式サイトより

 米国で昨年(2017年)の12月に公開された話題の映画、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル(I,TONYA)』がいよいよ日本でも上映される。

 フィギュアスケート史上、最悪のスキャンダルとされたナンシー・ケリガン襲撃事件が起きたのは、今から24年前の1994年1月のこと。その1カ月後のリレハンメル(ノルウェイ)冬季オリンピックの代表選考を兼ねた全米選手権の開催中だった。この映画の主人公になっているトーニャ・ハーディングは、この事件の中心人物である。

全米女王の座を競っていたハーディングとケリガン

 当時トーニャ・ハーディングといえば、史上2番目にトリプルアクセルを試合で成功させたスケーターとしてその名を知られていた。ちなみに1人目はもちろん、伊藤みどりである。ハーディングが初めて試合で降りたのは1991年の全米選手権でのことだった。

 1992年アルベールオリンピックで優勝したクリスティ・ヤマグチが引退し、次のリレハンメルオリンピックの代表を競うこの全米選手権での優勝候補は、このハーディングとナンシー・ケリガンだった。

 ケリガンは1992年アルベールビルオリンピックの銅メダリストで、リレハンメルでもメダル候補だった。その彼女が、全米選手権の公式練習リンクで暴漢に膝上を棒で殴られるという事件が起きたときは、多くの新聞の一面ニュースになった。

容疑者として浮上したハーディング

 犯人は現場から逃走し、ケリガンは大会を棄権。それでもUSFSA(全米フィギュアスケート協会)は、この大会で優勝したトーニャ・ハーディングと共に前年チャンピオンのケリガンをリレハンメルオリンピックの代表に選考した。

 ところが捜査が進むにつれ、実行犯はハーディングの元夫に雇われていたことが判明。ハーディング自身も関与していたという容疑が浮上した。

 子供の頃にライバルのトウシューズの中に画鋲を入れるという少女マンガがあったけれど、まさにできの悪い少女マンガのような、タブロイド好みの展開になったのだ。

被害者として描かれた『I,TONYA』

 『I,TONYA』はハーディングの生い立ちと、この事件を彼女側から見たセミフィクション仕立てのブラックコメディである。母親役を演じたアリソン・ジャニーはアカデミー助演女優賞を受賞し、話題作として注目された。

 この映画の中でトーニャ・ハーディングは、モンスターマザーから虐待されて育ち、逃げるようにして結婚した夫、ジェフ・グルーリーからもDVを受ける。

 フィギュアスケーターとして才能はあったものの、コスチュームも垢抜けたものは買えずに、エレガントさに欠けるとして正当に評価してもらえない。

 そして気がつくと、グルーリーとそのやくざな仲間たちが、ケリガン襲撃を計画し、ハーディングは知らぬ間にそれに巻き込まれていくというストーリー設定だ。

 この映画では、ハーディングは恵まれない環境に翻弄されて負のスパイラルに陥った被害者、というように描かれている。

本人を知る記者たちの反応は?

 ところが現役時代のハーディングを実際に取材をしてきたアメリカの記者たちの間では、この映画はすこぶる評判が悪い。

 「当時の現場を知らない人々が作りあげた、幻想のハーディング像。彼女はしたたかで、虚言癖があった」と、ケリガン事件で翻弄された記者たちは口を揃える。

 CBSで繰り返し流されたリレハンメルオリンピックでの記者会見の映像では、NYタイムズのベテラン記者が「あなたは喫煙の件でも私たちにウソをついた。今回はウソを言っていないと信じられるその根拠は?」と質問を投げかけている。

 ハーディングは隣に座っていたダイアナ・ローリンソンコーチと不敵な笑みを交わし、コーチが「この会見はトーニャのスケートの話をする場です」と答え、「私もコーチに同感だわ」と本人が付け加えた。「それはあまりにも現実的ではないアプローチでしょう」と記者は食い下がったが、無視された。

 元々喘息持ちのハーディングだが、喫煙の習慣がやめられないまま、マスコミには禁煙したと偽っていたのだという。

筆者が会った事件3カ月前のハーディング ・・・ログインして読む
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筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書に、『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』、『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

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