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39年間無実を訴える原口アヤ子さん、91歳に

鹿児島の大崎事件 事件と家族をテーマに作った歌を弁護士が誕生会で披露 

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

鴨志田祐美弁護士に話しかけられ、しっかりした表情を見せる原口アヤ子さん=2018年6月3日、鹿児島県内拡大鴨志田祐美弁護士に話しかけられ、しっかりした表情を見せる原口アヤ子さん=2018年6月3日、鹿児島県内
 6月3日、鹿児島県には夏を間近に感じさせる青い空が広がっていました。午後1時すぎ、県内のある病院で、「大崎事件」弁護団で事務局長を務める鴨志田祐美弁護士(55)の歌声が響きました。

 鴨志田弁護士の目の前には、15日に91歳になる原口アヤ子さんが車いすに座っています。原口さんは、1979年に鹿児島県の大崎町で男性(当時42)の遺体が見つかった「大崎事件」で、殺人と死体遺棄罪に問われ、懲役10年が確定、服役したものの、一貫して無罪を訴え続けています。

 捜査段階から一度も自白していない原口さんですが、共犯とされた原口さんの夫、夫のすぐ下の弟、その弟の長男の3人が、厳しい取り調べの中で犯行を「自白」し、原口さんは有罪とされました。遺体で見つかった男性は夫の3番目の弟でした。

 原口さんの夫は交通事故の後遺症で知的能力が低く、自白したほかの2人には知的障害がありました。夫は懲役8年、義弟は懲役7年、おいは懲役1年の判決を受け、3人とも控訴せずに、そのまま一審判決を受け入れました。

 最高裁まで闘った原口さんは、懲役10年の刑を勤め上げて出所した後に夫に会いに行きました。

 すると、夫は「警察に『アヤ子がやったと言え』と言われて、そう言った」と謝りました。原口さんは「ならば、一緒に再審を請求しよう」と持ちかけますが、夫は「俺もやっていないが、もう裁判はいい。忘れたい」と言いました。そのため、原口さんは夫と離婚します。

 義弟は1987年に自殺、元夫は93年に病死。おいも、服役したことを苦にノイローゼになり、2001年に首をつって自殺しました。

 原口さんの夫や兄弟たちはお酒が大好きでした。事件があったとされる日は、親類の結婚式で、遺体で見つかった義弟を除いてみなで参列しています。結婚式を欠席した義弟も酒を飲んで、酔っ払っていたことがわかっています。

 そんな家族の中で、しっかり者だった原口さん。元夫が天国からいまの原口さんをどう見ているのだろうか。そんな想像を膨らませて、鴨志田弁護士が作詞作曲をした「アヤ子のうた」を、鴨志田弁護士自身が歌いました。3年前に作った作品ですが、原口さんの前で披露するのは初めてだそうです。

 鴨志田弁護士はキーボードを弾きながら、情感を込めて歌いました。

 ♪おれたち 三兄弟 酒が好き
 飲むほどに 愉快
 歌って 踊って 千鳥足
 あとは 夢の中

 おれの うっかた※1 名前はアヤ子  ※1「妻」のこと
 しっかり者の嫁
 いつも がられて※2 (ちょっと)こわいけど  ※2「叱られて」
 仲良く 暮らしてる

 今日は めでたい 結婚式
 みんなで おめかし
 飲んで 騒いで よか晩な※3  ※3「いい晩だな」
 あとは 夢の中

 目覚めたら 末の弟がいなくなってた
 みんなで さがしたけど 姿は見えず
 三日後に 見つかった 変わり果てた すがた
 警察は 俺に言う 「お前らが 犯人」

 おれたち 三兄弟 酒が好き
 飲めば ケンカも する
 だけど 殺しなんて こわいこと
 できるはずも ない

 ごめんな アヤ子 うなずいて  しまった
 お前もアヤ子もやっただろうと 繰り返し言われて
 ごめんな アヤ子 裁判はもう イヤだ
 お前の闘い 一緒には やれない

 おれたち 三兄弟 酒が好き
 今は 天国で 飲んでる
 だけど アヤ子 お前はまだ
 ここに来ちゃいけない

 無実を きっと 晴らすまで
 ここに来ちゃいけない ♪

 自らはすでに言葉をほとんど発せなくなった原口さんですが ・・・ログインして読む
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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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