メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

[18]“見えない人々”に支援をどう届けるか

模索を続ける民間団体の取り組みから

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 是枝裕和監督の新作『万引き家族』が大きな反響を呼んでいる。「犯罪でしかつながれなかった家族」を描いたこの作品は、5月19日に閉幕した第71回カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた。

 是枝監督は自身のブログなどで、審査委員長のケイト・ブランシェットが授賞式の場で「今回の映画祭に出された作品の多くが“Invisible People(インビジブル・ピープル=見えない人々)”に光をあてる作品が多かった、映画の役割とはそういうものなのではないか」という趣旨の発言をしたことに自分も共感すると発言をしている。

逮捕という形でしか可視化されなかった人たち

 生活困窮者支援の現場で私たちが出会う人々は、例外なく、“Invisible”な状態に置かれてしまっている人々だ。しかし、最も“Invisible”な状況にあるのは、『万引き家族』の登場人物たちのように民間の支援団体にも、福祉行政にもつながれていない人たちだと私は考えている。

 そうした人たちのごく一部から、結果的に法を犯す行為に関わってしまい、新聞の社会面の記事に氏名が出る人たちが一定数、現れる。ある意味、逮捕という形でしか、公的機関につながれず、可視化されなかった人たちである。

 私たち生活困窮者支援の関係者は、新聞の社会面を開くことで初めて、その人の存在を知ることになる。そして、「たられば」の仮定の話であると自覚しつつも、「この人がもっと早い段階で支援につながっていれば」と嘆息するのだ。

 『万引き家族』をめぐるニュースが日本国内を駆け回った時期にも、新聞の社会面では貧困や社会的孤立が引き金になったのではないかと思われる犯罪に関するニュースがいくつも報道されていた。

住居喪失と社会的孤立が重なった2つの事件

 そんな“Invisible People”が引き起こしてしまった事件から、特に住居喪失と社会的孤立が折り重なったのではないかと思われる2つの事件に着目してみたい。

 今年5月17日夜、名古屋市内のインターネットカフェの店内で利用客の会社員がナイフで刺殺され、22歳の無職の男性が逮捕された。

 容疑者と亡くなった男性の間に面識はなく、報道によると容疑者は「何かむかつくことがあったら、誰でもいいので刺してやろうと思っていた。店内でもささいな物音でイライラし、限界に達した」等と供述し、接見した弁護士に「職に就けずにいらだっていた」と話したという。容疑者は1年以上前に福島県の実家を出て、各地のネットカフェを泊まり歩いていたようだ。

 名古屋地検は容疑者の精神状態に問題があった可能性を考慮し、6月1日から約3カ月間、鑑定留置を行うことを決定した。その結果が出る前に断定的なことは言えないが、事件を起こす前に、適切な福祉的支援や医療的なケアにつながっていれば、違う結果になったのではないかと思わざるを得ない。

 6月2日には、新宿区歌舞伎町のコインロッカーに生後間もない女児の遺体を遺棄した容疑で、25歳の女性が逮捕された。報道によると、容疑者は「漫画喫茶の個室で産んだが、赤ちゃんが声を上げたので周囲にばれると思って殺した。数日後に捨てた」という趣旨の供述をしており、その後、殺人容疑でも再逮捕された。

拡大乳児の遺体が見つかったコインロッカー付近を調べる捜査員ら=5月29日、東京都新宿区歌舞伎町2丁目、

 この女性がどのような経緯を経て、漫画喫茶で暮らすようになったのか。子どもの父親や彼女自身の親はどこにいるのか。なぜ誰にも助けを求められず、一人で出産をすることになったのか。現時点では何もわかっていない。ただ、彼女が貧困による住居喪失や社会的な孤立という問題を抱えていたことは間違いないと思われる。

 居場所のない若者たちの相談支援に取り組む一般社団法人Colabo代表の仁藤夢乃さんは、逮捕された女性について「彼女には頼れる人や安心して生活できる場所がなかったのではないか、たった一人でどれだけ不安だっただろうかと思いました。妊娠までも孤立困窮していたのかもしれませんし、妊娠後も誰にも相談できずに追い詰められていたのではないか」と述べている。

 そして、「彼女に気づいて、声をかけた人はいなかったのだろうか。私も含めた支援者や、誰かが早い段階で彼女に出会い、支援につながれていたら」とやるせない思いを語ってくれた。

誰ともつながれない人たち

 『万引き家族』は「犯罪でしかつながれなかった家族」を描いた物語だが、貧困状態にある人の中には家族を含めた誰ともつながれない人も少なくない。名古屋の事件の容疑者も、歌舞伎町の事件の容疑者も、自分の苦境を相談できる相手が誰もいなかったのではないかと推察される。

 東京都が今年1月に発表した「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書」では、都内のネットカフェや24時間営業の飲食店等に寝泊まりをしている「住居喪失者」を約4000人と推計した上で、これらの人たちに対するアンケートを実施している。

 その調査項目は多岐にわたるが、悩み事などを相談できる人は誰もいないと回答した人も41.3%にのぼった。

 生活に困窮して住居を喪失することが引き金になり、それまでの人間関係が切れ、社会的孤立がますます深刻化してしまう、という体験は、私自身、多くの生活困窮者から聞いてきた話と重なる。

 生活に困窮し、社会的に孤立している“Invisible People”に、どうやって必要な情報を提供し、支援の手を届けるのか。各民間団体も模索を続けている。ここでは、情報提供とアウトリーチという2つの分野で模索を続ける民間団体の取り組みを紹介したい。

『路上脱出ガイド』を作成、無償配布

 認定NPO法人ビッグイシュー基金は、雑誌販売を通してホームレスの人たちの仕事を創出していることで知られている有限会社ビッグイシュー日本を母体とした非営利組織である。

 ビッグイシュー基金は、ホームレスの人たちを支援する様々な活動を展開しているが、 ・・・ログインして読む
(残り:約2192文字/本文:約4683文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

稲葉剛の記事

もっと見る