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拡大震の影響で鉄道が運休したため、新淀川大橋を徒歩で渡る人たち=6月18日午後7時30分、大阪市淀川区
 6月18日、通勤・通学時間帯の7時58分、マグニチュード(M)6.1の地震が発生し、最大震度6弱の揺れが我が国第2の都市圏・大阪を襲った。活断層による浅部の地震であり、有馬―高槻断層帯との関係が疑われている。M6.1の地震は日本中どこでもいつ起きてもおかしくはない。震度も6弱程度で強烈な揺れではない。しかし、人口が集中し家屋が密集する大都市ゆえ、4人の犠牲者を出した。7月2日時点で負傷者は428人、住家被害は全壊6、半壊57、一部損壊23544である(消防庁による)。

大都市ゆえの被害

 1995年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の後、最大震度が6弱の被害地震は19、そのうち死者が出た地震は8つある。その中で最も多くの死者を出したのは、2011年東北地方太平洋沖地震の1カ月後に発生した2011年福島県浜通りの地震の4人で、負傷者は10人だった。地震規模はM7.0で、震度計の配置密度は大阪に比べ少ない。

 死者を出した地震の多くは、地震規模が大きく、地震計の設置数が少ない地方の地震である。例えば、M7.0の2005年福岡県西方沖地震(死者1人、住家の全壊144棟)やM8.0の2003年十勝沖地震(死者1人、行方不明1人、全壊116棟)がある。福岡県西方沖地震では、甚大な被害を出した玄界島では震度計測が行われていなかった。また、十勝沖地震では9町村と、はるかに広域で震度6弱の揺れに見舞われている。

 また、M6.1の地震は9地震あるが、死者を出した地震は1人が犠牲になった2012千葉県東方沖地震だけである。地震規模、震度の割に大きな被害になった原因は、大都市ゆえの脆弱さにあると考えられる。

多くの地震計が設置されることによる震度のインフレ

 1995年兵庫県南部地震のときの大阪府の震度は4、死者は31人、全壊家屋数895棟である。今回の地震の最大震度6弱だが、死者4、全壊6と被害ははるかに少ない。当時と現在との最大震度の矛盾に気づく。23年前には大阪市中央区大手前に設置された計測震度計が大阪の震度を代表していた。現在は大阪府内に88地点の震度計がある。今回も大阪市中央区の震度は4である。2つの地震を経験した大阪の知人は、23年前の方が強い揺れだったと言う。23年間での耐震化の進展を考えても、1995年兵庫県南部地震の方が大阪の揺れは強かったと考えられる。地震計の高密度な設置が震度のインフレを起こしているようだ。

過去の地震で言われ続けたブロック塀と家具固定による犠牲者の発生

 犠牲者のうち2人は塀の倒壊、2人は本棚の転倒などによる。高槻市立寿栄小学校で児童がブロック塀の倒壊で犠牲になったことは痛ましい。ブロック塀の問題は、死者28人のうち18人がブロック塀などの下敷きで亡くなった1978年宮城県沖地震の後、大きな社会問題となった。1981年、2000年と耐震基準が改訂され、高さ制限、必要な鉄筋量の確保、控え壁の設置などが規定されてきたが、不遡及の原理のためいまだ危険な古い塀が多く残っている。自治体によってはブロック塀撤去の補助もあるが、十分に生かされていない。ブロック塀や石塀、灯篭、自販機などの転倒や看板の落下などの屋外地震対策は、古くて新しい課題である。

 家具固定の大切さも、長く指摘され続けてきたが、遅々として進まない。2017年に内閣府よって行われた「防災に関する世論調査」によると、「家具・家電などを固定し、転倒・落下・移動を防止している」者の割合は40.6%に留まっている。大都市の住居は、中高層の建物が多く揺れが増幅しやすく、居住空間も狭いため家具転倒による危険度が高い。大都市での家具の転倒防止対策の抜本的推進が必要である。

進まないブロック塀対策

 小中学校などの公立学校施設については、1995年兵庫県南部地震以降、授業中の生徒の安全確保のため、校舎や体育館の耐震化が進められてきた。当初は、生徒が在学中に地震が発生しなかったために進捗は芳しくなかったが、多くの小学生が犠牲になった2008年四川地震の後、急進展した。

 また、2011年東北地方太平洋沖地震や2016年熊本地震での大規模な天井落下を受けて、避難所として利用される体育館などの天井落下対策が急ピッチで行われた。その結果、公立学校施設については、校舎や体育館の耐震補強、天井の落下対策などは概ね終了した。

 これに対し、直接的に生徒や避難者の命に関わらないブロック塀対策は遅れた。通学路沿いのブロック塀対策は、個人の問題ゆえにさらに遅れている。次代を担う子供たちのために、地域ぐるみで防災まち歩きをし、各戸に対策を促すなど、屋外地震対策を進めていく必要がある。

一人暮らしが多い大都市での安否確認の遅れ

 地震当日に判明した死者は3人、独居の1人は翌日以降に見つかった。近所付き合いの少ない都会の独居生活の課題である。2013年6月の災害対策基本法の改正で、高齢者、障害者、乳幼児等の防災施策において特に配慮を要する要配慮者のうち、災害発生時の避難等に特に支援を要する者の避難行動要支援者名簿の作成が義務付けられた。被災自治体でも名簿が作成されていたが、名簿を活用した安否確認が行われなかった自治体も多い。大都市には、大学生や独身男性など周辺との付き合いの少ない若者や、介護が必要な老人などが一人で暮らしていることが多い。大規模災害時には交通網の遮断で介護士の訪問も困難になる。改めて独居世帯の安否確認の方策を検討する必要がある。

通勤・通学時間に起きたことによる出勤・帰宅困難とエレベータ閉じ込め

 地震が発生した7時58分は、通勤・通学時間帯に重なり、多くの人が電車やバスの中に居た。直下の地震だったため、緊急地震速報による列車停止は間に合わず、突然の揺れに見舞われた。幸い脱線などは発生せず、大きな人的被害はなかった。万が一、1995年兵庫県南部地震のような強い揺れだったとしたら、大変な惨事となっていただろう。

 近年の鉄道は鉄道各社の相互乗り入れのため、運行停止の影響が各社に波及する。このため、多くの人が出勤困難になった。列車停止によって、 ・・・ログインして読む
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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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