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[19]LGBT支援ハウスがなぜ必要なのか?

生活困窮者にとって深刻な居住環境の問題に対応

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 「ここで自分のことを話さないといけないのですか?」

 十数年前、HIV陽性者で、ホームレス状態になっていたゲイの男性が生活保護を申請するのに同行したことがある。

 男性は生活に困窮し、医療費も払えないため、福祉事務所に相談することにしたが、後で聞くと、役所の福祉課のフロアに足を踏み入れた瞬間、そのままきびすを返して帰ろうと思ったと言う。

 帰る代わりに、彼が私に聞いたのが冒頭の質問である。多くのホームレスの人が相談に訪れるその福祉事務所では、横に長いカウンターを挟む形で相談者と面接担当の職員が向き合い、隣の席にいる人の相談内容が丸聞こえの状況だった。そこで自分の生活歴や病気のことを話さなければならないという状況は耐えられないと彼は感じたのだ。

 私は「個室の相談室で話ができるように交渉してみます」と答え、受付で職員に小声で「聞かれたくない事情があるので、個室を用意してほしい」と伝えた。少し待たされたものの、私たちは個室の相談室に通された。

 その後、生活保護の申請自体はスムーズに手続きできたものの、彼が今晩からどこに泊まるのかという点はなかなか決まらなかった。

LGBTの生活困窮者は宿泊先の確保に苦労

 住まいがなく、ホームレス状態にあったとしても生活保護を申請することは可能だ。だが、申請した後は通常、その日の晩から宿泊先を定めることが役所から求められる。

 首都圏では公的な宿泊施設が圧倒的に不足しているため、その地域にある民間の宿泊所を役所が紹介するのが通例になっている。だが、その民間宿泊所の多くが集団生活の施設であり、中にはワンフロアに約20人が寝泊まりしているような施設も存在している。

 私が同行した男性は、過去に同性からいじめられた経験から、集団生活での居住環境には耐えられないと語っていた。また、HIV陽性者を受け入れることができる民間の施設を役所の担当者も見つけることができなかった。

 2時間以上、交渉した結果、男性の宿泊先としてビジネスホテルを利用することを認めさせることができた。担当者はあくまで「特例的」な措置だと強調していた。

 私のような支援者が付き添うことなく、彼が一人で福祉事務所に相談に行っていたら、どうなっていただろうか。最初のカウンターの様子を見ただけで相談を断念して帰ってしまったかもしれないし、そこを乗り越えたとしても、「泊める場所がないので、また明日、来てください」と言われて、事実上、追い返されたかもしれない。

 生まれた時の性と性自認が異なるトランスジェンダーの人の生活相談を受けたこともあるが、彼ら彼女らが生活に困窮して住まいを失い、公的な支援を受けようとした場合も、宿泊先の確保に苦労する場合が多い。民間宿泊所は男性専用と女性専用に分かれており、トランスジェンダーの人の受け入れに難色を示す施設も少なくないからだ。

 生活保護をはじめとする社会保障制度は、生活に困った全ての人がアクセスできなければならないはずだが、LGBTの生活困窮者にとっては制度を利用するにあたって越えなければならないハードルがいくつもある、ということを私は経験から感じてきた。

 私は過去25年間で3000人以上のホームレスの人の生活保護申請に立ち会ってきたが、そのうち、LGBTであることをオープンにしている人や、オープンにしていないものの私に話してくれた人は数十人いた。

 だが、生活保護の申請を支援した人たちとの関わりには濃淡があり、十年以上の付き合いの人もいれば、前日の晩のホームレス支援の夜回りで初めて会い、翌日すぐに申請に同行したというケースも多数ある。そうした薄い関わりの中では、自分のセクシュアリティについて支援者に語っていない人も少なくないだろうから、実際にはもっと多くのLGBTに出会っていたのだろうと今では思う。

拡大ゲイ・バイセクシュアル男性の住居喪失経験に関する調査結果
 アメリカでは若年ホームレスの約4割がLGBTであるという調査結果があるが、日本ではこうした調査は実施されていない。ただ、ゲイやバイセクシュアルの男性を主な対象として実施された国内の調査では、全体の5.2%が「住む家をなくしたことがある」と回答している。これは決して少なくない数字だと言える。

 LGBTの生活困窮者が公的支援を利用する際のハードルのうち、面接時の環境については、職員のプライバシーに対する意識を高め、全ての相談者に最初の段階で個室での相談を望むかどうかという意志の確認をすれば、問題は解決するはずである。

 だが、もう一つのハードルである宿泊先の居住環境については、プライバシーが保たれた個室のある宿泊施設が限られている以上、新たな社会資源を作らなければ、解決が難しい。

 本来、施設の居住環境の整備は行政の責任において行われるべきである。またLGBTの人に限らず、安全・安心に暮らせる居住環境は、希望する全ての人に保障されるべきだと私は考えている。

 しかし現状において、特にLGBTの生活困窮者が公的支援にアクセスしにくくなっているという事実を踏まえると、当面の対応策としてLGBTの人専用の個室シェルターを自前で用意するという選択肢も有効であろう。

中野区に「支援ハウス」を開設

 こうした問題意識のもと、LGBTの当事者グループや個人と話し合いを重ねた結果、「LGBTハウジングファーストを考える会・東京」という新たな団体を発足し、自前で「LGBT支援ハウス」を開設するというプロジェクトを立ち上げるに至った。

 具体的には、東京都中野区内に個室一室を借り、そこを「LGBT支援ハウス」として運用。さまざまな支援団体と連携して、支援を必要としている人につながり、ニーズに合った支援を提供していく予定だ。

拡大「LGBT支援ハウス」プロジェクトのイメージ図

 「LGBTハウジングファーストを考える会・東京」では、9月30日まで「LGBT支援ハウス」開設に向けたクラウドファンディングを実施している。ぜひ応援をお願いしたい。以下のリンク先ではLGBTの貧困の現状に関するデータもあげているので、参考にしてほしい。

日本初!貧困・孤独・病気  負のスパイラルから抜け出すための『LGBT支援ハウス』をつくりたい!

クラウドファンディング呼びかけ人の石坂さんに聞く

拡大石坂わたるさん
 「LGBTハウジングファーストを考える会・東京」のメンバーで、クラウドファンディングの呼びかけ人になっている中野区区議会議員の石坂わたるさんに、プロジェクトの意義と背景についてお話をうかがった。

 石坂わたるさんは日本ではまだ少ないオープンリー・ゲイの公職者の一人であり、今年8月にスタートする中野区の同性パートナーシップ制度の実現に向けて尽力してきたことでも知られている。

 石坂さんは2011年に区議会議員になって以来、これまで何人も生活に困窮するLGBTの相談・支援をおこなってきたと言う。

 「DVで逃げてきた人もいましたし、働いていた職場の中でLGBTであることがばれてしまい、職場の中で性的嫌がらせが発生して、逃げてきたという人もいました。住まいを失い、その日、その日、相手を探して泊めてもらうという人もいれば、『ウリセン』と呼ばれるゲイ向けの性風俗産業で寮付きのところで働いていたけど、合わなくて逃げてきた人、お客さんから暴力を受けていた人の相談にのったこともあります。」

生活困窮の背景にある、実家との関係の悪さ

 石坂さんは、LGBTの生活困窮の背景にある問題の一つとして、実家との関係の悪さを指摘している。

 「カミングアウトをしたことで家族との関係が悪くなった人もいますし、本当のことが言えない中で、関係が悪くなってしまい、やっと親との関係を断ち切ってきて出てきたという人もいます。そうした人の中にはメンタルヘルスの問題を抱えていて、働けない状況になる人も少なくありません。」

 そうした人たちを公的支援につなげる際に、やはり問題になったのが居住環境の問題である。

 「生活保護の窓口では、集団生活の民間宿泊所からスタートすることを勧められるのですが、それだと無理だという人が一定数いらっしゃいます。同性からのDVや嫌がらせを受けてきた経験があって、同性との集団生活が難しいという人もいます。また、民間の宿泊所にすでに入っている人からの相談を受けたこともありますが、『この環境にいて、自分が自立に向けて動き出せるとは思えない』と語っていました。彼は、施設の中で自分がゲイであることがばれるのではないか、ばれたらどうしようということが頭から離れず、ゲイであることを隠さないといけないが、生活全部が集団生活の中で一緒になっているので、そこがすごくストレスになっていると言っていました。」

 最後に、「LGBT支援ハウス」が開設すれば、LGBTの生活困窮者にとって、どのような変化が生まれるのか聞いてみた。

 「これから生活保護を申請する人やすでに受けている人など、さまざまな状況の方の相談を受けて感じることは、個室のアパートにすでに住んでいる人と集団施設に入れられている人を比べると、アパートにいる人の方が、精神疾患があり、すぐに一般就労ができない状態であるにしても、障害者の作業所などにつながり、前向きに生きている人が多いということです。支援ハウスができれば、きちんとした住所があって、一人で落ち着ける環境の中で自立に向けて考えていくことができると思います。」

 また石坂さんは、中野区役所でのLGBTに関する職員研修についても、現在すでに新規採用職員と係長職を対象に実施されている研修を広げていきたいと語っていた。

 LGBT支援ハウスが開設され、福祉事務所職員の理解も進んでいけば、LGBTの生活困窮者が制度にアクセスしにくいという状況は改善されていくはずだ。

 東京・中野で始まった新たなLGBT支援の動きにぜひご注目をお願いしたい。


筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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