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日本型司法取引の第1号事件をチェックする

刑事責任を問われたのは個人。会社は不起訴。国民の理解は得られたか

五十嵐二葉 弁護士

 東南アジアやアフリカの開発途上国では公務員の賄賂要求が習慣化していて、国際取引に関しても要求されるとよく言われる。それでも贈賄した国の企業が開発などの事業を獲得するのでは、その習慣をむしろ助長することになる。

 OECDの1997年「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」には日本も1998年に締約国になり、条約に合わせて改訂されたのが、今回MHPSに適用された不正競争防止法18条1項の外国公務員への贈賄罪などだ。国連も03年に「腐敗の防止に関する国際連合条約」を採択し、日本も17年に受諾して、外国で贈賄した企業に対して厳正に対処する国際社会への条約順守の義務を負っている。

 そこでこの事件のいきさつを見ると、どうしてもMHPSの贈賄がやむを得なかったとは言えない。

 MHPSは、三菱重工業と日立製作所の火力発電部門が統合してできた会社だが、この事業はそれ以前に三菱重工がタイの発電会社から受注していた約380億円の発電所建設だという。その建設資材を日本から運んだMHPSの船がバンコクの大港湾で別の大型船に積み替えて建設地の近くの桟橋で荷揚げしようとしたのだが、その桟橋の荷揚げ許可を受けていたのは500トン以下の船であるのに、積み替えていた船がより大型船だったため、接岸を拒否された。

 地元民や漁民らが大勢押しかけて反対したのは、収賄「公務員側がけしかけたとみられる」というが、「周囲には波の穏やかな浅瀬が広がる」とも書かれているので、環境を守る運動であったのかもしれない。

 許可条件に違反したMHPSに非があるのだが、許可を取り直すと工期に遅れるとして、地元対策費も含め6000万円超を「仲介役」に支払って入港を認めさせ、うち3900万円分が公務員への賄賂と見なされたという。

 適法な開発に賄賂を要求されたのではなく、違法を見過ごしてもらうための賄賂だったのであり、「納期遅れによる違約金やそれに伴う人件費などの新たなコストが発生してしまう」と「容疑者は『コストがかさむよりは賄賂を払った方がいいと考えた』と供述しているという」(以上引用は読売新聞7月21日付)。つまりはコスト・パフォーマンス上の判断だったわけだ。

会社は「罰金3億円」を免れた

 MHPSには当然法務部もあるだろう。会社が不正競争防止法違反の両罰規定で3億円の罰金を払うことも視野に入っていたはずだが、380億円のプロジェクトで、3億6000万円は、必要経費の範囲内ということだったのだろう。

 贈賄企業への罰金は3億円が上限という日本の法制は、腐敗防止条約の前文にこめられた「腐敗が社会の安定及び安全に対してもたらす問題及び脅威が、民主主義の制度及び価値、倫理上の価値並びに正義を害すること並びに持続的な発展及び法の支配を危うくすることの重大性を憂慮し」という国際社会の意思を軽視したものだが、MHPSはその3億円も取引によって支払わずに済んだ。

 さらにここからは、いわば司法取引のコスト・パフォーマンス考だ。

 司法取引のターゲットとされ、起訴されたのは、贈賄を決定した元取締役64歳、元執行役62歳、元調達総括部ロジスティクス部長56歳の3人で、現場で贈賄に関与した担当職員らの起訴は見送られたという。

 アメリカでも企業の事件で企業と被雇用者が“協働自白”する場合があるようで、雇用関係によって被雇用者の自白を強要されない権利と適正手続の権利が害される危惧が指摘されている(Brandon L. Garrett,Corporate Confessions:協働自白 Cardozo Law Review, Vol.30, No.3,2009 31頁)

3人は「在宅起訴」だった


筆者

五十嵐二葉

五十嵐二葉(いがらし・ふたば) 弁護士

1932年生まれ。68年弁護士登録。山梨学院大学大学院法務研究科専任教授などを歴任。著書に「刑事訴訟法を実践する」など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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