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あるカミングアウトが生んだLGBTネットワーク

上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(上)

浅尾公平 会社員

「ソニーダイバーシティーシアター2017」で講演する稲葉さん=2017年9月拡大「ソニーダイバーシティーシアター2017」で講演する稲葉さん=2017年9月

 これまでずっと黙っていたことを、思い切って話す日がついにやってきた。絶対に大丈夫だ。うまく行くに違いない──。

 2015年5月、東京・六本木のゴールドマン・サックス証券のオフィス。法務部シニア・カウンセルの稲場弘樹さん(当時49歳)は自分にこう言い聞かせていた。上司である法務部長の藤田直介弁護士(当時52歳)に週に一度の業務報告をする直前のことだった。

 「ちょっとお話ししたいことがあります」

 一通り報告を終えてから、稲場さんはこう切り出した。「何?」と聞き返した藤田さんに、続けてこう言った。

 「僕はゲイなんです」

 まったく予想もしていないカミングアウトだった。しかし、藤田さんに特に驚いたという感覚はなく、部下の告白を「ああ、そうなのか」と冷静に受け止めたという。藤田さんはこう振り返る。

 「今も思い出すのは、ゲイの当事者だと打ち明けた瞬間、稲場の顔がパッと晴れやかになったことです。本当に物理的な現象としてね。肩の荷が下りて、背負うものが急に軽くなったような感じでした」

 実は稲場さんは長い間、カミングアウトするつもりはまったくなかった。社会には今もなおLGBTへの差別や偏見が根強くあるが、若い頃はもっと深刻で、とても自分のセクシュアリティを他人に明かせる状況ではなかったのだ。稲場さんは当時の様子をこう語る。

 「LGBTについて、今ではメディアできちんと取り上げられる機会が少しずつ増えていますが、それでもまだテレビのバラエティ番組などではまともな人間として扱われないことが多いし、まして昔はアブノーマルな存在とされるのが普通でした。当事者が自分の性的指向を隠すのは当たり前のことだったんです。私が社会人になった1990年代初めの頃などは、ゲイ当事者でも、自分も周囲も偽って異性と結婚するケースが少なくなかった。

 そんな偏見が強い中でカミングアウトするのは、いわば『私はまともな人間ではありません』と宣言するような、自殺行為に等しいことでした。同じ意識が、以後もずっと自分の中にあったんです」

 稲場さんは2002年、日本企業からゴールドマン・サックス(GS)に転職。3歳年上の藤田さんと知り合い、同じ社内の法務部員として一緒に働くようになった。その時期もまだ、カミングアウトするという選択肢は一切考えなかった。 

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筆者

浅尾公平

浅尾公平(あさお・こうへい) 会社員

会社員。仕事をしていないときは、本を読んだりコンサートに行ったり落語を聴いたり野球を観戦したりしています。執筆記事における見解はすべて個人的なものであって、勤務先の意見を代表するものではありません。