上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(下)
2018年08月19日
「あるカミングアウトが生んだLGBTネットワーク 上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(上)」
「『誰でも受け入れよう』広がるLGBTへの共感 上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(中)」
藤田さん、稲場さんのこういった精力的な活動をいち早く評価したのは、日本よりも欧米の法曹界やメディアだった。2017年、2人は米国法曹協会国際法セクションから「国際的に活躍する卓越した企業弁護士」賞を、藤田さんは英メディア「フィナンシャル・タイムズ」から「最も革新的な法務責任者」賞を受賞している。
GSなど外資系金融機関の社内弁護士といえば、早朝から深夜まで働くことも珍しくない激務だ。そんなハードワークをこなしながら、LGBT支援の活動にも多くのエネルギーと時間を投入することができた原動力は何だったのか。稲場さんはこう振り返る。
「私自身は、当事者でありながら長い間ずっと、LGBTのコミュニティに対して何も貢献やフィードバックをしてこなかったので、今それができているのが嬉しいですね。自分が積極的にやったことで社会が変わっていくというのは初めての経験で、非常に満足感が得られることがよくわかりました。これからもLGBTの支援に少しでも貢献できればと思っています」
藤田さんの人生も人生観も大きく変わった。かつてはLGBT問題への取り組みも、会社の仕事として、どちらかというと受け身で行っていた。ところが稲場さんのカミングアウトを受けた後は、一転して自分からエネルギッシュに行動するようになった。
弁護士として企業法務ひとすじで働いてきて、人権問題に携わる経験もほとんどなかったのに、今の年齢になって、会社や業務の枠を超えた活動に没頭することになるとは思わなかったという。藤田さんはそんな自らの激変をこう語る。
「人間には、根本のどこかに『人の役に立ちたい』という純粋な気持ちがあると思うんですね。口幅ったいようですが、それが私の原動力になっています。
稲場という、身近にいて信頼する人間がLGBT当事者で、いろいろな悩みや困難を抱えていることを知って、何とかその解決の役に立ちたいと思った。そうなると、我ながら本当に不思議なんですが、誰から頼まれたからでもなく、義務感でもなく、自然に身体が動いてしまうんですね。自分の仕事や専門の範囲と関係なく、また、家族や友人といった従来の人間関係も超えて、こんなに多様な人と話すことになるとは想像もしませんでした。
やがて、『人を助けること』が自分の人生のテーマなのだと思うようになりました。かつての私が考えていた自己実現は『企業法務の世界で尊敬される法務部長になりたい』くらいのものでしたが、稲場のカミングアウトを受けた52歳のときから3年、まったく別の形で自己実現の場が与えられました。人を助け、人の役に立ちたいと願い、それができている。意外な展開でしたが、稲場のおかげで私の人生は本当に豊かになりました」
スタートしたときのLLANは、外資系法律事務所3社とGSの合計4社、弁護士20人足らずの小さなネットワークだった。それがわずか2年半ほどで、四大法律事務所を含む十数社のローファームと、野村證券などの企業が賛同団体として名を連ねるまでに成長した。
しかし、現状ではまだまだ足りない、もっと人や組織とのつながりも活動も広げていきたい、なぜなら、解決すべき課題はまだまだ山のようにたくさんあるからだ──。そう語る藤田さんと稲場さんに悲壮感や疲れた様子はみじんもなく、力強く明るい口調からは、信じるものに向かって前進している人の充実感と幸福感が伝わってくる。
2人の夢は大きい。
まずはLGBTが直面している困難について、いろいろな人たちと対話を持つ。次に差別や偏見がある事実を理解してもらう。そして、問題解消のために、どんなに小さくてもよいので行動を起こしてもらう。その流れを広げてさらに多くの企業や自治体を動かし、法律も改正できるような大きな機運を育てる。やがて、LGBTを含むすべての差別を社会から解消する……。稲場さんは言う。
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