杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター
1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
なぜ男を顔で選ぶと離婚をしないのか ドラマ版の特色は「自分で選ぶ女」という現代性
第2次世界大戦中に生きた女性すずの生活を描いた『この世界の片隅に』(双葉社 こうの史代)がドラマ化されている。第7回(9月2日)までの平均視聴率は9.7%。TBS日曜劇場で平均視聴率が1桁なのは、2017年7月~9月放送の『ごめん、愛してる』以来だ。
なぜ、視聴率が振るわないのか。ふたつの理由が考えられる。まず第一に派手さやけれん味がないからだ。このドラマを見て思い出したのは、サラ・ウォーターズの『夜愁』(創元推理文庫)だ。この小説の中で、第2次世界大戦中のロンドンで警報が鳴っても子どもたちが外遊びをしている風景が描かれる。
戦争であろうと、いつ空爆が始まろうという状態だろうと、子どもは遊ぶし、女は家事をする。『この世界の片隅に』で描かれるのは戦時下の普通の日常生活だ。空襲がある日々の中で、若い女性は見合いをしのろけ話をする。父親が倒れた理由は空爆にあったのではなく、夜勤の疲れだったと判明すると、家族は大笑いする。そういう日々の生活や笑いが人々を支える。このドラマの日常感が、日曜劇場としては地味なのかもしれない。
もうひとつ、不振の理由は戦争という題材が今の時代、テレビドラマに合わないのだろう。1980年代、日本人は二度と戦争は起きないと信じていたから、戦争物のフィクションは過去の物語として見ることができた。しかし、国際情勢が緊迫している現在はそうもいかない。
映画版は優れたアニメだったから、まだ、距離を持てた。しかし、実写ドラマとなるとリアリティが高まるゆえに、視聴者は見ていて辛くなるのではないか。自分たちも戦争に夫や息子を送り出し、家族を失う日がくるのではないかと。
視聴率はともかく今回の日曜劇場はドラマとしては見応えがあるものになっている。『この世界の片隅に』は原作、映画、そして今回のドラマそれぞれに持ち味があるが、ドラマ版は現代性を打ち出している。
ユニークだと思うのは、すずという女性のあり方だ。以前の記事でも紹介したが、脚本家の浅野妙子はエッセイでこういう話を書いていた。
フィクションにおいて、男は女に一目惚れしてもいいが、女はなにか理由がないと男を好きになれない。助けてくれたとか、優しくしてくれたとか、なにかしらのきっかけがないと女は恋をしてはいけない。
『高嶺の花』(日本テレビ)ではヒロインが自転車屋の男を好きになるのは、婚約者を寝取られたことを告白すると、男が「あなたは情が深いいい女だ」と言ってくれるからだ。ヒロインが恋をするには理由が必要となる。
ところが、ドラマ版『この世界の片隅に』では、ヒロインのすずは夫である周作に一目惚れをする。そこに理由はないのだ。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?