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日本のメディアは大丈夫か

政府から独立した日本版FCCの創出を急げ

柴山哲也 ジャーナリスト

 日本では小泉政権誕生の時、テレビが大活躍した。「自民党をぶっ壊す」といって、ワンイッシューの「郵政民営化」を挑戦的に掲げて登場した小泉政権は「ワイドショー内閣」と呼ばれ、一躍、小泉首相はテレビの寵児となった。見た目やパフォーマンスがテレビ時代にマッチしたのだ。

 当時、テレポリティクス(テレビ政治)という造語が生まれ、政治学者までこの言葉を使っていた。テレビが政治を動かすという意味だ。田原総一郎氏が司会する「サンデープロジェクト」という政治討論番組は、硬派の政治ネタを討論する番組なのに、二ケタの視聴率をとる看板番組になった。日曜日の朝の番組が翌、月曜日以降の政局にまで影響し、田原氏は「自民党の影の幹事長」といわれるほどだった。

 小泉内閣のテレビ政治を支えた背後には田中真紀子、塩川正十郎といったタレント議員の功績もあり、同じ自民党でも他人が真似できるものではなかった。黙っていてもテレビが寄ってくるのが小泉政権だった。

 また小泉氏の秘書官だった飯島勲氏は、小泉氏のメディアへの露出戦略をテレビやスポーツ紙、週刊誌などの大衆受けする路線に変更し、ぶら下がり会見のやり方もテレビ的な演出に改める戦略を採用していた。アメリカでスピンドクターといわれる高度なメディア戦略を積極的に取り入れたのである。

 小泉政権時代と同じようにテレビを使おうと考えたのが、後継指名された安倍首相ではないだろうか。

 しかし安倍政権は黙っていてもテレビが寄ってくる大衆受けする人気政権ではなかったし、飯島氏のように広報戦にたけたスピンドクターがいたわけでもない。

 さらに小泉氏と安倍氏の性格や大衆受けの度合い、政治思想の違いによるものだろう。安倍氏は逆にあれこれと気にいらないテレビ番組に文句をつけ、放送法4条の「政治的に公平であること」の条文を盾にとり、偏向報道を行ったとして政治介入することで、テレビを傘下に収める手法をとっているように見えた。要するにテレビ界に安倍政権への「忖度(そんたく)」を持ち込んだといえる。

 しかも国民に人気のない特定秘密保護法、共謀罪、同盟国との集団的自衛権を認める安保法などを、反対する野党を押し切って強行採決したので、国連人権委員会は、これらの法案は「日本国民の自由と人権を損なう恐れが存在している」と警告するに至った。

 小泉政権はテレビの寵児ではあったが、政権が直接、テレビ局に圧力をかけたという話はほとんど聞かない。

 しかし安倍政権下では政権に批判的だった岸井成格、国谷裕子、古舘伊知郎氏といった有名キャスターが次々と番組を降板させられた事件があった。極めつけはNHK会長や経営委員の人事である。会長にはメディアとは何の関係もない経済界の籾井勝人氏が選ばれ、経営委員の中には百田尚樹、長谷川三千子といった人も知る右翼人士がそろって名を連ねていた。概ね安倍首相に近いといわれた人物が目立つ人選だった。NHK内部で何らかの忖度が働いたと思われる。

 しかも籾井氏は就任の記者会見で「政府が右というものを左とはいえない」と露骨に公共放送の中立性を否定する政府寄り発言をして、NHKの路線変更を示唆した。そうか、NHKはこれからさらに右傾化するのか、と思ったものだ。案の定、原発報道を熱心にやっていた夜9時のニュース担当の大越健介キャスターが急に降板した。

 最近ではテレビ朝日の報道ステーションで古舘氏とコンビを組んでいた小川彩佳キャスターの降板が伝えられている。小川キャスターは日本に珍しいクールなアメリカ型のテレビキャスターを思わせ、自分の意見をズバリといい、冷静に事実を伝える人だが、ネットメディアによれば、安倍政権に批判的であったため更迭されるというのだ。テレビ朝日の放送番組審議会委員長には、安倍首相のシンパといわれる幻冬舎の見城徹氏が就任している。

報道の自由を守るには権力側こそ忖度する必要がある

 政権に批判的で都合の悪いテレビキャスターを降ろすのは実は、簡単なことなのだ。

 政権側は総務省を通じて電波の免許更新時の許認可権を手にしている。さらに放送法4条の「偏向しないこと」という条文を盾にして放送法違反による電波取り消しを匂わせれば、放送局幹部をひれ伏させることができる。高市総務大臣(当時)が国会でしきりに放送法の「偏向」条文に関するコメントをし、「停波」発言をしていたことを思い出す。偏向報道疑惑で民放が政府から睨まれると電波の免許更新ができなくなるので、テレビ局の死活問題になる。

 また公共放送NHKともなれば年度予算の国会承認が必要なので、多数派与党の顔色を常時気にせざるを得ない。

 実際に電波免許取り消しの先例はないものの、総務省から「偏向報道」の指摘を受けるのは避けたいのが、放送局幹部の本音だろう。そこに政権に対する忖度の余地が働いて、放送内容の自粛や自己規制が起こる。

 実をいえば、今のような政府に都合の良い放送システムの下では、放送の自由を守るには政府権力側の配慮こそ不可欠なのだ。権力側は免許を取り消すという“剣”を隠し持っている。だからこそ権力者は鎧の下に隠した剣をひけらかすことなく、言論の自由を守る配慮と逆の忖度を働かさなければならない。

 日本の報道システムには「報道の自由」を守るうえで、大きな法的欠陥があるのだ。そこを自覚することで、権力を握る側は、言論の自由を守るための十分な教養と配慮、理性が求められている。忖度が必要なのは言論機関の側ではなく、政権与党の側なのだ。権力者が近代国家の憲法に無知で、言論の自由の歴史的意味を理解できなければ、言論の自由を守ることはできない。欧米では言論の自由がどのような苦節をへて近代憲法に書きこまれたかを、日本の為政者はもっと学ばなければならない。

 これは官僚の人事権と似た問題でもある。内閣府に人事権を奪われた財務省幹部が国会で安倍政権への忖度発言を繰り返したのと同じように、政権の側が憲法の言論の自由を守る気がなければ、堂々と圧力をかける土壌が日常化する。圧力をかけられたテレビ局では忖度番組がはびこることになる。

メディアのクロスオーナーシップを規制する必要

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筆者

柴山哲也

柴山哲也(しばやま・てつや) ジャーナリスト

同志社大新聞学科大学院を中退後、1970年に朝日新聞記者となり94年に退社。ハワイ大学、シンクタンク東西センター客員研究員等をへて京都女子大教授、立命館大学客員教授。現在はフリーランサー。著書に『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルヴァ書房)、『公共放送BBCの研究』(同、編著)、『戦争報道とアメリカ』(PHP新書)、『真珠湾の真実』(平凡社新書)等。