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[20]災害と化した猛暑、政府が果たす役割は?

「冷房死角地帯」を解消する総合的な政策が必要だ

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 今年の夏は全国的に記録的な猛暑となり、各地で熱中症にかかる患者が続出している。

 総務省消防庁の発表によると、今シーズン(4月30日~8月12日)の熱中症による救急搬送者数(速報値)は全国で7万8345人にのぼり、統計を取り始めた2008年以降で過去最多となっている。このうち、初診時に死亡が確認された人は144人であり、これまで死亡者数が最多だった2010年の167人を超えそうなペースになっている。

 この死者数だけでも、猛暑はすでに「災害」レベルに達していると言えるが、消防庁が発表した数字には、救急搬送されずに亡くなった人や病院に入院した後に亡くなった人は含まれていない。警視庁や東京都監察医務院に取材したNHKの報道(8月1日付)によると、今年7月に熱中症の疑いで死亡した人は東京都内だけで96人にのぼっているという。全国で同様の調査をすれば、死者数は数百人のレベルに達するだろう。今年の猛暑は政府が「激甚災害」と指定してもよいくらいの状況なのだ。

猛暑に対応し、電気料金引き下げを打ち出した韓国

 猛暑は世界のさまざまな国や地域を襲っているが、お隣の韓国でもソウルで観測史上最高の39.6度を記録するなど「暴炎」と呼ばれる暑さが続いている。

 これに対して、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は8月6日、猛暑は自然災害であり、冷房の使用も「基本的福祉」であるという認識を示した上で、7~8月の住宅用電気料金を引き下げると発表した。ハンギョレ新聞(8月7日、インターネット日本語版)によると、文大統領は「猛暑を特別災難に追加するほか、冷房機器の使用を国民健康・生命と直結した基本的な福祉で見て、電気料金のために冷房機器を使用できないことがないようにする案を講じるべき」と指示した上で、エアコンなどが全くない低所得層を含め、電気料金が負担で冷房機を使用しない「冷房死角地帯」が生じないよう、政府レベルの対策を立てるという方針を示したという。

 人命を守ることを最優先するという韓国政府の動きを日本も見習ってもらいたいものだ。

エアコンを持たない低所得者の実態

拡大視力のない生活保護受給者の男性は日中、極力エアコンを使わず、窓と玄関ドアを開けて風を通し、座椅子に座って過ごす=8月8日、愛知県内
 「冷房死角地帯」は日本国内にも確実に存在している。特にエアコンを持たない低所得者は身を守るすべがない状況に置かれていると言ってもいい。

 そのうちの一人、東京都中野区で生活保護を受けて、一人暮らしをしている65歳の男性は、「暑い日の部屋はサウナと一緒。地獄のようだ」と話している。

 男性は築40年ほどの木造アパートの2階の部屋に住んでいるが、トタン屋根からの熱が部屋にこもって、昼間の室温は連日、40度を優に超える状況になっている。

 ちなみに以前は瓦の屋根だったが、雨漏りがするので、大家がトタンに張り替えたとのことだ。

 男性に昼間の過ごし方を聞くと、お金がある時はバスに乗って、夕方まで時間をつぶしているという。

 部屋にいる時はパンツ一枚になり、玄関は夜7時まで開けて、窓も全開にしているが、それでも汗が止まらないので、一日に6~7回、風呂場で水浴びをしているそうだ。

 寝る時は保冷剤を使うが、3~4時間もすると効果がなくなってくるので、目が覚めてしまうという。

 生活保護の担当ケースワーカーからは、「クーラーを買った方がいい」と言われたそうだが、それは自分で保護費をやりくりして、購入費用を捻出することを意味していた。

 「生活保護でクーラーなんて買えるわけないよ。何言ってるんだと思って、思わず、相手の顔をじっと見てやったよ。」と男性は語っていた。

 国内の生活困窮者への医療支援活動に取り組む国際NGO「世界の医療団」のボランティア医師である西岡誠さんは、ホームレス状態にある生活困窮者への健康支援において、安心して暮らすこともできる住宅の確保が必要不可欠であると考えて、それを「住まいは健康に良い」という言葉で表現してきた。

 しかし、近年の夏の状況を見て、路上生活者がホームレス状態から抜け出して、アパートに入ったとしても、冷房がきちんと使える環境にないと、「それで良かったね」とならないと痛感したという。

冷房は人権

拡大西岡誠さん。東京都豊島区の東池袋中央公園で開かれた路上生活者向け医療相談会で
 その西岡さんに、夏の暑さが生活困窮者の健康に及ぼす影響について、お話をうかがった。

 「生活困窮者は、さまざまな病気を抱えている人が多いのです。なかでも心臓病や糖尿病の人は熱中症になるリスクが高いことが知られています」

 「高齢の方はおしっこが近い人も多く、漏らすのを恐れて、水分補給を嫌がることがあります。足腰が弱っていればなおさらでしょう。認知機能に障害がある場合、そもそものどの渇きを感じにくい人も少なくありません。精神疾患を抱えている人も、のどの渇きが乏しかったり、服用薬の作用で体温調整がうまく出来なくなったりすることがあります」

 こうしたリスクを軽減するためには、エアコンの使用が不可欠だが、西岡さんは「生活困窮層のエアコンの状況は総じて、悪い」と感じているという。

 「生活保護を利用している人の中には、部屋にエアコンがない人もいますし、エアコンがあっても、機械が古くて、送風が出る程度にしか効かないという話も聞きます。エアコンを毎日使うと月5000円くらいはかかると思いますが、生活保護の人にとって5000円は大金です。その上、古いエアコンほど電気代がかかるので、エアコンが部屋にあっても電気代が気になって使用を控えているという人は多いですね」

 「厚生労働省は今年7月から生活保護世帯のエアコン購入費の支給を始めましたが、対象が限定されており、改修費や電気代といったランニングコストは考慮していません。最近、私は『住まいは人権』に加えて、『冷房は人権』と言っているのですが、これは冗談ではなく、命と健康に直結する問題だと考えています。」と西岡さんは断言した。

 西岡さんが言うように、厚生労働省は今年6月27日に発表した社会・援護局長、保護課長通知で生活保護の実施要領を改正し、7月1日以降、一定の条件を満たす場合にエアコン等の冷房器具の購入費(上限5万円)と設置費用の支給を認める方針を示した。

 これまでも、入居したアパートにもともとエアコンが付いていた場合や自分で保護費を貯めて購入した場合、社会福祉協議会からの貸付を受けて購入した場合など、生活保護世帯がエアコンを保有したり、購入したりすること自体は認められていた。それに加え、今回、新たに購入費と設置費用を支給するという施策に踏み出したことは、一歩前進であり、プラスに評価すべきであろう。

生活保護世帯へのエアコン設置費用支給、対象は限定的

 しかし、エアコンのない部屋に暮らす全ての生活保護世帯にエアコン購入費と設置費用が支給されるわけではない。支給が認められるのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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