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[13]関東地震と後藤新平

多方面で才能を発揮し、帝都復興計画をまとめる

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

 1898年に児玉が台湾総督に就き、後藤は民政局長として招かれ、その後民政長官になった。後藤が41歳のときで、台湾の経済改革とインフラ建設、アヘン政策などに勤(いそ)しんだ。この間、鉄道部長、専売局長、貴族院議員にもなった。1906年には、南満州鉄道株式会社の初代総裁に就任し、 ・・・ログインして読む
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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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