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君たちは猛暑をどう生きるか(上)

エアコンも扇風機もない私が、どのようにこの猛暑を「生き抜いた」のか

稲垣えみ子 元朝日新聞記者

猛暑の中、一斉に打ち水をする人たち=2018年8月5日、東京・銀座

 私はエアコンを持っていない。ついでに扇風機も持っていない。

 ・・とわざわざ言ってみたものの、この暮らしも8年目ともなれば、そのようなことをことさら意識することもなくなってしまった。人の対応力とはまったくバカにならないもので、私のような凡人であっても、ないものはないとなればその中でやっていくショーもない工夫や悪知恵を次々と考えつくのである。止まらないのである。結果、今や「エアコン以外の暑さへの対処法」を語らせれば私の右に出るものはそういない気もする。(まあそんなことを日頃考えている人が限りなくゼロに近いってだけのことだが)

 で、それがすっかり身についてしまい、もはや「ない」ことがすっかり普通である。苦にするどころか考えることもない。

 ところが今年は、そういうわけにはいかなかったのである。

 なにしろ暑かった。場所によっては最高気温が40度超えという、過去の記録を塗り替える高温の日が続いた。それに比べれば東京は多少マシだったと思うが、それでも大都会特有のムッとくる暑さは時に過酷であった。

 とはいえ正直なところ、個人的な体感としては、特に「どうということもなく」過ごしていたのである。というのも、エアコンのない身には夏は毎年まあまあ暑いのだ。つまりは私は暑さにかなり慣れているのだと思う。それでも今年は確かに「いつもより暑いなあ」と思うことが何度かあった。なので、これまで思いもつかなかった暑さ対策をいくつか考案することになった。で、オッこういう手もあったかと一人ウッシッシとほくそ笑んでいた。つまりはどちらかといえば楽しい夏を過ごしていたのである。

 ところが。

 そのような私の認識は、あまりにも甘かったらしい。

 友人や仕事相手から「ちゃんと生きてますか?」「心配しています」的なメールがあまりにも頻繁にやってきた。当初は「大丈夫ですよー」「いつもの夏と変わらず元気でやってます!」などと軽く答えていたのだが、どうも反応がおかしい。「そうは言っても・・」と再びメールが戻ってくる。どうも、絶対大丈夫なはずはないと固く信じ込まれているようだ。それだけではない。初対面の人に何かの拍子で家にエアコンがないことを伝えると、目をむかれ絶句されることが相次いだ。これまでは多少驚かれたり笑われたりすることはあれど、ここまで「人間じゃない」的な扱いをされることはなかったので、慌てて場の空気を軽くしようと、「いや暑いのも慣れちゃえば案外悪くないんですよ」などと笑って言おうものなら全くの逆効果。ほとんど犯罪者を見るかのような目つきで睨まれるのである。

 そんなことを繰り返すうちに、さすがの私にも少しずつ事態が呑み込めてきた。世間では、暑さが「危険物」という認識が急速に広がっていたのだ。連日の高温に、テレビでは「今日も危険な暑さです!」「不要不急の外出は控えてください!」「ためらわずにエアコンをつけてください!」と連呼されていた(テレビを持っていないので気づかなかったのだ)。そして実際に熱中症で亡くなる人も例年にないペースであったという。そんな中、夏祭りも、学校のプール使用も、不測の事態を招かぬよう次々と中止となっていた。確かにこれは大変な事態である。

 皆様は私のことを本気で心配してくださっていたのだ。そして、このような雰囲気の中で、軽々しく「暑さ」について語る私に違和感を抱いた方もおられたに違いない。誠に迂闊であった。

肝心なのは「使い方」

観測史上最高気温を更新した埼玉県熊谷市。「41.1度」と掲示されたボードの前で、ポーズをとる子どもの姿もあった=2018年7月23日
 だがそれはそれとして、本当に正直なところを申し上げて、強がりでも誇張でもなんでもなく、私はこの過酷な夏を、ほぼどうということもなく、いつも通りに過ごしたのである。

 そこでこの夏の終わりに、エアコンを持っていない私が、一体どのようにこの猛暑を「生き抜いた」のかを具体的にお伝えしようと思う。そして、そもそも全くの普通人である私が、一体なぜこんなに暑さに強くなったのかということについても改めて考えてみた。

 というのも、全く大きなお世話だとは思うけれど、私の目には、この夏を過ごす世の方々が、あまりも楽しくなさそうに見えたのだ。エアコンの効いた室内に籠城し、外に出ることも、窓を開けることにも身の危険を感じながら暮らすとなれば、確かにそれは楽しいという次元の話ではない。で、もし多くの人が、息を潜めて、災難が去るのを待つようにして、この2018年の夏を「やり過ごす」しかなかったのだとすれば、それはあんまりだと思うのである。もちろん異常な暑さから身を守ることは必要だ。しかしそれにしたって、夏とはもっと楽しい、素晴らしい、キラキラした季節なんじゃないだろうか?

 いうまでもないことだが、生きるべきか死ぬべきか。エアコンを使うべきか使わないべきか・・などという議論がしたいわけではない。特にお年寄りやお子様方には周囲も気を配ってあげなければならない。命と引き換えにエアコンを我慢するなど全くのナンセンスである。詳しくは後述するが、私とてエアコンを持っていないというだけであって、決して使っていないわけではない。

 しかし、エアコンを遠慮なくガンガン使いさえすれば、不快な暑さから解放され、全てが解決するというのもまた暴論だ。肝心なのは「使うか、使わないか」ではなく「使い方」である。そんなことわかってるヨと言われるかもしれないが、じゃあなぜ、皆様はエアコンという素晴らしい文明の利器を手に入れたのに、未だにこれほど夏の暑さというものに苦しんでいるのか? ちなみに私はちっとも苦しんでいない。それはなぜなのか、ということを具体的にお伝えしたいと思うのである。

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