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フジテレビ「月9」という神話[3]

亀山千広氏が踏襲し成功させたトレンディードラマの終焉と現在地

川本裕司 朝日新聞記者

 「東京ラブストーリー」や「101回目のプロポーズ」の大ヒットで、月曜の夜9時からフジテレビで放送されるドラマは「月9」という名前が定着していった。恋愛ドラマの象徴とみられる放送枠の名称は、いまも変わっていない。

 1993年10月放送の月9で「あすなろ白書」のプロデューサーを務めたのが亀山千広(62)=現・BSフジ社長=だった。

 当時、フジテレビでは30%の高視聴率を取るドラマが珍しくはなかった。亀山はその数字を獲得した制作者が加入できる「30%クラブ」というものを耳にした。本当に存在するのかどうか定かではなかった。ただ、30%の視聴率をたたき出したことのない亀山にとって、月9の担当はプレッシャーでもあった。

 亀山は80年に入社し、番組の企画や配置を担う編成局編成部に配属された。83年に公開され大当たりした映画「南極物語」では、越冬隊員と再会する樺太犬のタロ、ジロの世話係だった。ドラマには制作会社に発注する担当者として「アナウンサーぷっつん物語」(87年4月放送)や「教師びんびん物語」(88年4月放送)、2時間ドラマに関わった。同じ編成局ながらドラマ制作を手がける第1制作部には90年7月に移った。

 TBSのように俳優の日程を押さえ、リハーサルにも本番にもじっくり時間をかける環境がフジテレビにないことはわかっていた。ドラマに出演する多忙なアイドルは、その場で台本を読んで撮影に臨んだ。亀山自身は「舞台をつくっているわけではないので、台詞に出演者のキャラクターが合っていれば、それがリアリティーじゃないの」と思っていた。

「あすなろ白書」で配役交代を申し出た筒井とキムタク

1993年のフジテレビの月9ドラマ「あすなろ白書」に出演した石田ひかり(左)と筒井道隆 (C)フジテレビ1993年のフジテレビの月9ドラマ「あすなろ白書」に出演した石田ひかり(左)と筒井道隆 (C)フジテレビ
 ディレクターを一度も経験することなしに、91年1月、木曜10時のドラマ「結婚の理想と現実」(出演・中村雅俊、田中美佐子)でプロデューサーになった。「恋愛至上主義の大河ドラマ」と敬遠していた月9で、「あすなろ白書」を担当することになったのは、編成部長になっていた山田良明(71)=現・共同テレビ相談役=から「原作を読んでみろ」と薦められたからだった。

 柴門ふみ(61)の漫画原作ドラマは「同・級・生」、「東京ラブストーリー」と月9でいずれも人気を集め、三部作として期待された。亀山はテレビをあまり見ない大学生を主人公とする設定だったため、大学生予備軍の中高生とかつて学生だったOL向けの作品にしようと考えた。

 脚本は編成部の後輩、石原隆(57)=フジテレビ取締役=から「北川悦吏子さんはどうですか」と紹介された。起用した北川(56)から送られてきた30枚のほとんどは原作以降の話で、オリジナルのようだった。「迷ったら原作に戻って進めればいい」と決断した。

 NHKの朝ドラ「ひらり」(92年10月放送)で好演した石田ひかりのほか、筒井道隆、SMAPの木村拓哉らを配役した。撮影に入る前、亀山は筒井、木村と食事をしたとき、2人から「役を交換してもらえませんか」と提案された。気のいい青年役が多かった筒井がミステリアスな人物を、クールに見られがちな木村が人なつっこい役柄への変更を、2人で話し合ったうえ望んだのだった。異例の申し入れだったが、亀山は2人の気持ちがわかる気がして、「あしたまで、事務所には言わないで」と言って、要望に沿ったキャストを実現させた。

 大学を借りると時間の制約があるので、オープンセットを造って映画方式をとった。階段教室を下りていくとドラマが始まるといった形式で、移動カメラとともに視聴者の関心を引きつけるようにした。青春ラブストーリーだったが、配役についても石田ひかり以外はさほど知名度は高くない、新鮮な顔ぶれで挑んだ。平均視聴率は27%、最終回は30%を超えた。亀山は「楽しんで作って結構、数字も取れたドラマでした」。

北川悦吏子脚本で「好き」を封じた「ロンバケ」

 亀山が木村を主役にして、北川による脚本でプロデューサーを務めた月9が「ロングバケーション」(96年4月放送)だった。そのとき、亀山は北川に条件をひとつ出した。「『好き』という台詞が1回もなしに恋愛ドラマが成立するか、やってみようぜ」。

 売れっ子とはいえないピアニストの木村と、仕事がこなくなったモデルの山口智子の2人のどちらかが半分以上、登場する作品、2人が魅力的に映っていれば、あとはシチュエーションだと、舞台となる住まいを捜した。東京都墨田区の運河沿いにあった、地上げにかかり大阪の信用金庫の抵当に入っていたしゃれた空き家の建物がたまたま見つかり、3カ月借りられることになった。ニューヨーク・ブルックリンをほうふつとさせるような、打ちっぱなしの煉瓦づくりの外階段がついた家を、2人がシェアする設定にした。この建物は取り壊され、いまはマンションになっている。

 バブルがはじけ、不況の色合いが深まっていた。2人の立場も、こうした時代を反映していた。

 亀山の狙いは当たり、初回から視聴率は30.6%を記録した。最終回では瞬間最高視聴率が43.8%に達した。亀山は「最後のトレンディードラマだったかもしれない」と位置づけている。

 そして、97年1月からは火曜9時のドラマ「踊る大捜査線」(出演・織田裕二、柳葉敏郎)の制作を手がける。女性の視聴者が見ないドラマだと思っていた。ただ、当初は青島刑事役の織田と事件の遺族である水野美紀、警察庁キャリア官僚・室井を演じる柳葉と所轄の女性刑事である深津絵里がそれぞれ恋に落ちるような設定が考えられていた。

 しかし、

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