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持って生まれた、子どもの才能を信じる

子育てに自信が持てない親たちへ、小児科医界のレジェンドが贈る珠玉のメッセージ

高橋孝雄 小児科医

 少子化ゆえに、子どもたちを取り巻く環境も、育てる親たちの意識も変わってきた。ひとりの子どもにかける期待も大きければ、手をかけすぎて口も出す。その本意は「子育てに失敗したくない」「後悔したくない」という母親の焦りや不安かもしれない。混沌とした窮屈な思いに悩む子育て世代へ向けて、小児科医の頂点とも言える医師が、初めての著書『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』(マガジンハウス)を上梓した。自身の36年間の経験に基づき、やさしく語りかけ、勇気づける内容だ。著者の慶應義塾大学医学部小児科教授・高橋孝雄氏が、「しあわせな子育て」の極意と、未来を担う子どもたちのために全ての大人たちがすべきことを語った。(聞き手・構成 ライター田村幸子)

情報過多という環境が子育てを難しくしている

 うちの子、8か月になったのにハイハイしない。もう年長さんなのにひらがなが書けない。すると、おかあさんたちはもやもやと悩み出すのです。WEBで検索すれば、ものの数秒で医学専門用語も標準的発達も知ることができる時代です。その結果、子どものちょっとした発達の遅れも見逃さない、見逃させない、という育児が正しいことのように感じられてしまいます。しかし、それはとても窮屈な育児です。

 育児情報の氾濫は、早期発見を促し早期介入を可能にするという利点もあります。その一方で、医学的根拠のない情報に心を奪われ、個人差といえる遅れや個性を病気と決めつけて怯え、悩み、後悔する“強迫観念に満ちた育児”に陥るリスクを大きくさせます。

 最近、診察室にやってくるおかあさんが、医師が質問をしたり、説明をしたりする前に「これ、溶連菌ですね。迅速診断はできますよね?」などと先回りすることが多くなってきたと感じます。視線が合いづらい、言葉が遅い子どもについて、「この子、発達障がいですね。自閉症と言うよりは学習障害でしょうか」などと結論を急ぎたがるのです。

 情報過多は育児に限らず多くの場面でものごとをかえって難しくするものです。育児では、楽しむこと、心のゆとりを持つこと、自信を持つことが何より大切なはずなのに。情報化社会は育児にとってはかえって逆風なのかもしれません。

後悔こそ愛情の証

 働くおかあさんたちは、育休明けに保育園に入れるように事前調査したり、職場と調整したりと、妊娠中からせわしない気持ちに追われています。ようやく保育園が決まり、職場に復帰したとしても、ここでも頭を抱えます。保育園に入ったばかりの子どもは、”流行りもの”をもらってきては、熱を出したり、下痢したり吐いたりします。

 こんなとき、「ああ、わたしはなんのために働いているのか」「わたしがおかあさんで、この子はかわいそう」と、自分を責め、後悔するのです。そんなおかあさんたちに伝えたいことは、本書でもくり返したように、「ごめんね」「申し訳ない」と悩み苦しむことこそが愛情の証なのだということです。

子どもへの無関心は、立派な「虐待」

高橋孝雄氏
 ひとが持つ2万数千の遺伝子。その揺るぎない仕事ぶりは、まさに神秘的です。妊娠中、母体や胎児が危険な状態になれば、予定日よりも何か月も早くても、赤ちゃんをお腹の外に出す必要があります。不夜城のようなNICU(新生児集中治療室)でも、保育器のなかでも、あらかじめ遺伝子が決めたシナリオどおりに、赤ちゃんは驚くほど予定通りに育つのです。

 たとえば、胎児の脳に大人と同じような“しわ”(脳回と呼びます)ができるのは、おおよそ妊娠27週以降のこと。それ以前に生まれれば、脳の表面はツルツルです。しかし、NICUに運びこまれ、あらゆる治療を受けながら保育器のなかで育っても、予定通り脳には脳回が刻まれていく。遺伝子の頼もしさを感じるのはこんなときです。

 ひとの体の中でも、脳は遺伝子によって特に強く守られています。

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