メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

若者を熱狂させたフジの深夜番組が消えた訳[6]

若手編成部員にすべて委ねられた解放区から生まれた「カノッサの屈辱」などの新機軸

川本裕司 朝日新聞社会部記者

 「カノッサの屈辱」の前身の番組として88年10月から1年半放送された深夜番組「マーケティング天国」があった。当時、具体的な商品を示すランキングを、テレビで取り上げることはなかった慣習を破る内容だった。レコードの実売数や映画の興行収入、テレビ視聴率などエンターテインメント情報だけでなく、清涼飲料水や歯磨き粉といった日常生活品も対象にした。

 首位になった商品のスポンサーは喜ぶが、下位になった企業は文句をぶつけてくる。レコードの売り上げでも、所属歌手の順位が低かった大手芸能事務所からクレームが入った。

 編成部員として「マーケティング天国」を企画した小牧次郎(60)=現・スカパーJSAT専務=は、営業局の局長や部長からよく叱られていた。この傾向にさらに輪をかけたのが「カノッサの屈辱」だった。

 独自の切り口による歴史解釈は、多くの摩擦を呼んだ。「カノッサの屈辱」でインスタントコーヒー史を取り上げたとき、“まがいもの”と受け取られるような表現があったため、あるコーヒーメーカーは抗議し、グループ各社の広告を一時引き揚げた。

「カルトQ」の司会を務めたうじきつよし(右)とフジテレビアナウンサー中村江里子 (C)フジテレビ拡大「カルトQ」の司会を務めたうじきつよし(右)とフジテレビアナウンサー中村江里子 (C)フジテレビ
 金光が「深夜の編成部長」だった91年10月に自らのこだわりでスタートさせた「カルトQ」も一部の若者から熱い支持を獲得した。ある領域においてはきわめて深い知識を持っている人間を礼賛するクイズ番組だった。ブラック・ミュージック、B級映画、東急ハンズ、スニーカーといったテーマで、専門知識を競った。

 首都圏の連続幼女誘拐殺害事件で宮崎勤元死刑囚が89年に逮捕されたときに起きた「オタク=悪」といったステレオタイプの風潮に反発した金光は、特定のものへの熱狂的な崇拝を意味する「カルト」をあえて肯定的に番組名として掲げた。しかし、企画会議で金光が制作スタッフにカルトの意味あいを解説しても、金持ちの趣味といった受け取られ方をして、会議で3、4回説明した。金光が想定していたカルトとは、マッキントッシュへの偏愛やサラブレッド馬の血統の知識といったものだった。

 「カルトQ」の初回放送は、サブカルチャーの説明から始めた。わかる人だけわかればいい。ただ、受け入れる視聴者がいるだろうという確信はあった。特化したうんちくをもつ人は畏敬の対象になる。たとえば、ある音楽分野に超人的な知識をもつ人は、多くの人たちからリスペクトされるはずだ。

 細部にこだわる嗜好は、のちに02年から深夜で放送されたバラエティー番組「トリビアの泉」につながる。実用的な情報に背を向け、ムダな知識に着目したことが人気を呼んだ。

若手に任せた「深夜の編成部長」

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

川本裕司

川本裕司(かわもと・ひろし) 朝日新聞社会部記者

朝日新聞社会部員。1959年生まれ。81年入社。学芸部、社会部などを経て、2006年から放送、通信、新聞などメディアを担当する編集委員などを経て、19年5月から大阪社会部。著書に『変容するNHK』『テレビが映し出した平成という時代』『ニューメディア「誤算」の構造』。

 

川本裕司の記事

もっと見る