メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

元兵士や戦争被害者へ若者が書いた手紙

『若者から若者への手紙 1945←2015』を英訳し世界に発信

樫村愛子 愛知大学教授(社会学)

 日本が日中戦争・太平洋戦争についてアジアとの反省や交流を十分していないことが、今もそして未来のアジアとの交流において、やり残した課題、障壁になっていることは、ドイツとの比較でよく指摘される。

 しかし日本でも、若い人々の参加する、草の根の小さな活動がさまざまあることが、例えば室田元美さんの著書『いま、話したいこと~東アジアの若者たちの歴史対話と交流~』(子どもの未来社ブックレット)で紹介されている。私が以前に紹介した、ブリッジ・フォー・ピース(https://webronza.asahi.com/national/articles/2015062900006.html)もこの中で事例として挙げられている。

英訳が進められている『若者から若者への手紙 1945←2015』拡大英訳が進められている『若者から若者への手紙 1945←2015』
 室田さんとこの本の企画・編集担当の北川直実さん自身、『若者から若者への手紙 1945←2015』(写真/落合由利子)を2015年に出版、太平洋戦争の元兵士や東京大空襲の被害者たち15人に対し、10-20代の若者たちが手紙をしたためた証言集を世に問うた。北川さん、室田さんは、この本の出版において、10年の準備をかけて、丁寧な取材や取材者・若者との関係を作ってきた。

 そして現在、その先の企画として、この本の英訳を進めつつある。2人は、手紙の翻訳に、外国にルーツをもち日本語と英語のできる若者たちにも参加してもらう企画を組みこんだ。翻訳メンバーは、6月に千葉市で開かれた「ピースフェア」でも、彼ら自身の交流体験や活動について積極的に語っている。

 証言集は過程としてのメディアであり、このコミュニケーションスタイルを、今の社会に生きる人々に戦争の意味を投げかける方法として、翻訳において展開したものであることがわかる。実際、現在、翻訳に関わる人々との関係の中で、新たに、彼らの置かれている状況や日本の現在が見えてくるという。

 体験者の証言の英訳を担当する翻訳家の岩渕デボラさんは、広島で息子を原爆で亡くした家族のホームステイ経験があり、そのときの自身の経験を紐解くと共に、今回の翻訳を通じて、深く戦争体験の意味を考えることとなったという。

 また手紙の翻訳に関わったメンバーの1人で、日本とフィリピンにルーツのある若者は、フィリピンで学んできた「戦争の歴史」(日米の市街戦や住民殺害ほか100万人の死者)が日本の教科書にはまったく書かれておらず、歴史を知る日本人はいなかったことにショックを受けてきたという。15人の翻訳者以外にも、この活動に関わりたい若者たちによって、この企画や戦争について学ぶ交流を企画するプロジェクトも立ち上げられている。

戦争体験継承活動がもつ意味

 私自身、戦後70年のときに、地元の元軍都・豊橋で、戦争体験継承活動の調査を行った。その背景には、沖縄の戦争体験継承活動を卒論にした、前年のゼミ学生の研究があり、彼女の研究では、戦争体験継承活動は、沖縄では特に、その時々の政治状況と密接に繋がる現在形の運動であることが指摘されていたのだった。戦争のような過酷な経験や外傷は、当事者なら誰も忘れたいし語りたくない。しかし、平和が危うくなる社会の中で、語らざるをえない、自分のメッセージを届けたい使命の感情が湧き上がる。

 この本の企画に関わった若者たちには、当事者の使命について、伝達したい強い欲望を受け取った人もいる。

 卒業生の沖縄の調査では、証言者を探すうちに、平和教育を企画した教員自身が経緯を語ることになった例がいくつも示されていた。自分から自発的に語りたいというよりも、平和を守らなくてはならない危機感の中で、(歴史的な他者も含めた)他者との関係の中で、自分が支えられ要請されていく、そういった経験を、戦争体験継承活動や平和活動に関わる人たちはしているように思う。

 私は、『変革のアソシエ』32号(2018.4)で「否認の反復としての『戦後レジーム批判』」で指摘したが、戦争においては、最も広大な理想が掲げられ、個人や自我がそれに飲み込まれていく。戦争こそは最も美しい理想のもとで行われる。太平洋戦争のスローガンは「アジアの平和」にまみれていた。大きな犠牲を払い傷ついた人々は、その恐ろしさを最も知っているからこそ、その見たくない負の経験、負債を受け取り、伝達していかなくてはならないと感じる。

 平和学が指摘するように、平和とは、人権や幸福が脅かされない状況であるとすれば、日々の自分の幸福や生き方と直結する問題であり、戦争はその最も破壊的な行為である。翻訳に携わった若者たちは、最初の手紙を書いた若者と会い、深く互いに関わるケースもあった。自分たちが日本にいて置かれている状況を見つめ直すと共に、いずれは海外の若者たちとも戦争をなくすための対話をしたいという願いも出つつあるという。この活動は平和をめざす国際交流の証言となり、本を超えた活動を目指す芽や種となっている。

 10/20-21には、翻訳プロジェクトメンバー企画により、津田塾大学小平キャンパス(津田梅子記念交流館)で、Peace Art Projectによる「戦争の記憶を繋ぐ」展が予定されており、「『若者から若者への手紙 1945←2015』翻訳プロジェクト」戦争体験の証言者への手紙コーナーや、21日には「朗読と平和について考えるお話会」がある。

 翻訳は、電子書籍で企画されているが、予算の不足があり、10月15日~12月20日にクラウドファンディングで募集予定である(https://readyfor.jp/projects/tegami)。問い合わせ先は、出版社「ころから」(電話03-5939-7950、office@korocolor.com)。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


関連記事

筆者

樫村愛子

樫村愛子(かしむら・あいこ) 愛知大学教授(社会学)

愛知大学文学部社会学コース教授。1958年、京都生まれ。東大大学院人文社会系研究科単位取得退学。2008年から現職。専門はラカン派精神分析理論による現代社会分析・文化分析(社会学/精神分析)。著書に『臨床社会学ならこう考える』『ネオリベラリズムの精神分析』、共著に『リスク化する日本社会』『現代人の社会学・入門』『歴史としての3・11』『ネオリベ現代生活批判序説』など。

樫村愛子の記事

もっと見る