辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家
ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
翁長知事時代に減った国の交付金、抑えられなかった憤怒の嵐は沖縄県民の魂の叫び
ノートを取る手が一瞬、止まった。
10月9日、翁長雄志沖縄県知事の県民葬の会場となった県立武道館で、私は会場後方の2階席に設けられた記者席にいた。一般席にはさまれるように設けられているから、満席となった一般参列者の息遣いを感じることができる。
県民葬の開始時刻を前に、妙なアナウンスが流れた。「式の途中で大声をあげるなど周りに迷惑とされる行為をされる方には退席いただくこともございます」。歓声や拍手も控えるよう注意を促している。厳粛さが求められるのだから、それもそうだ。だが、そのアナウンスの意味するところがわかったのは、それから30分ほど経ってからだった。
安倍晋三首相の代理として出席した菅義偉官房長官が弔辞を代読していたときだ。
「沖縄県に大きな負担を担っていただいている。その現状はとうてい是認できるものではありません。何としてでも変えていく。政府としてもできることはすべて行う。目に見える形で実現するという方針のもと基地負担の軽減に向けて一つひとつ確実に結果を出していく決意であります」
「嘘つけ」。最初は男性の小さな声だった。ひとり、ふたりと声を発する。菅氏は続ける。
「沖縄県民の皆さんの気持ちに寄り添いながら、沖縄の振興・発展のために」
そして弔辞を読み終えたとき、さきほどの男性がもう一度、今度は大きな声で。
「嘘つけ!」
それを皮切りに、堰を切ったように場内には険悪な言葉が飛び交った。
「なんで来た!」「恥ずかしくないのか!」「恥を知れ!」
躊躇のない、腹から絞り出す怒声だ。ひとりやふたりではない。男性も女性も。10人、20人、いや50人以上か。隣の一般席に座っていた中年の女性が、ハンカチで涙を拭いながら睨みつけている。手前の男性は、膝の上で両手を握りしめながら、体を前に乗り出すように正面を見据えている。声にならない憤怒の念が会場にほとばしる。怒号は40秒近く、菅氏が自席に座るまで続いた。
当然、静粛を守るべき場面であることは承知しているはずだ。それでも抑えることができないほどの憤懣の所在を、菅氏は理解しただろうか。
後で録画を見てみると、菅氏は自席に座る直前、努めて平静を装っているものの、何とも言えない情けない表情をしていた。少なくとも記者会見で見るぶっきら棒な面持ちとは違う。おそらく彼自身、これほどの怒りに支配されている沖縄の民意に気づいてなかったのではないか。