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翁長前沖縄県知事県民葬で菅官房長官が浴びた怒声

翁長知事時代に減った国の交付金、抑えられなかった憤怒の嵐は沖縄県民の魂の叫び

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

翁長雄志前沖縄県知事の県民葬で献花する菅義偉官房長官=2018年10月9日、那覇市、代表撮影翁長雄志前沖縄県知事の県民葬で献花する菅義偉官房長官=2018年10月9日、那覇市、代表撮影
 ノートを取る手が一瞬、止まった。

 10月9日、翁長雄志沖縄県知事の県民葬の会場となった県立武道館で、私は会場後方の2階席に設けられた記者席にいた。一般席にはさまれるように設けられているから、満席となった一般参列者の息遣いを感じることができる。

 県民葬の開始時刻を前に、妙なアナウンスが流れた。「式の途中で大声をあげるなど周りに迷惑とされる行為をされる方には退席いただくこともございます」。歓声や拍手も控えるよう注意を促している。厳粛さが求められるのだから、それもそうだ。だが、そのアナウンスの意味するところがわかったのは、それから30分ほど経ってからだった。

 安倍晋三首相の代理として出席した菅義偉官房長官が弔辞を代読していたときだ。

 「沖縄県に大きな負担を担っていただいている。その現状はとうてい是認できるものではありません。何としてでも変えていく。政府としてもできることはすべて行う。目に見える形で実現するという方針のもと基地負担の軽減に向けて一つひとつ確実に結果を出していく決意であります」

 「嘘つけ」。最初は男性の小さな声だった。ひとり、ふたりと声を発する。菅氏は続ける。

 「沖縄県民の皆さんの気持ちに寄り添いながら、沖縄の振興・発展のために」

 そして弔辞を読み終えたとき、さきほどの男性がもう一度、今度は大きな声で。

 「嘘つけ!」

 それを皮切りに、堰を切ったように場内には険悪な言葉が飛び交った。

 「なんで来た!」「恥ずかしくないのか!」「恥を知れ!」

 躊躇のない、腹から絞り出す怒声だ。ひとりやふたりではない。男性も女性も。10人、20人、いや50人以上か。隣の一般席に座っていた中年の女性が、ハンカチで涙を拭いながら睨みつけている。手前の男性は、膝の上で両手を握りしめながら、体を前に乗り出すように正面を見据えている。声にならない憤怒の念が会場にほとばしる。怒号は40秒近く、菅氏が自席に座るまで続いた。

辺野古基地建設を「粛々と進める」発言への反発

 当然、静粛を守るべき場面であることは承知しているはずだ。それでも抑えることができないほどの憤懣の所在を、菅氏は理解しただろうか。

 後で録画を見てみると、菅氏は自席に座る直前、努めて平静を装っているものの、何とも言えない情けない表情をしていた。少なくとも記者会見で見るぶっきら棒な面持ちとは違う。おそらく彼自身、これほどの怒りに支配されている沖縄の民意に気づいてなかったのではないか。

 菅氏が安倍内閣の官房長官沖縄基地負担軽減担当となったのは、くしくも翁長氏が知事に当選した2014年だ。以来、安倍政権の辺野古基地建設の対応を一手に引き受けてきた。定例会見での「粛々と進める」と木で鼻を括ったかのような対応は、沖縄県民の脳裏に刻み込まれている。翁長氏にとっても沖縄にとっても、菅氏は因縁の深い象徴的な人物だった。

 辺野古基地建設を進めるための埋め立てを承認する決断を下した仲井眞弘多元知事を見限って知事選に出馬した翁長氏が当選したのは同年11月だ。官邸に面会を申し入れて年末のクリスマスに上京した翁長氏に対して、菅氏は「年内に会うつもりはない」と断っている。就任したばかりの翁長氏はホテル待機で出鼻をくじかれ、結果的に恥をかかされたことになる。

 年が明けて再度上京するが、沖縄関係閣僚にさえ会えず、かろうじて会えたのが杉田和博官房副長官だった。翁長氏の著書「戦う民意」によると、その面会も「基地のことは話さないこと」が条件で、2日後にやっと面会できた山口俊一沖縄・北方対策担当大臣も「基地の話は一切しないこと」が前提だったと明かしている。

 菅―翁長会談が実現したのは4カ月後の翌年4月だ。この場で翁長氏は、菅氏にくぎを刺す。

 「上から目線の『「粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していく」
定例会見で菅氏が「粛々と」という言葉を封印したのは、この会談以降だ。

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