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[15]南海トラフ地震の臨時情報発表の場合には

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター教授

警戒宣言から臨時情報へ

 昨年8月に、国は、南海トラフ沿いで発生が懸念されるプレート境界地震について、確度の高い予測は困難として、直前予知を断念し、事実上、警戒宣言を凍結した。これを受け、気象庁は、昨年11月から、異常な現象を捉えた場合には、南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会を開催し、南海トラフ地震に関連する情報(臨時)を発表することになった。しかし、現在の地震学の実力では、事態の推移を観測することはできても、いつ地震が発生するかを 予測することは困難だとされる。 

南海トラフ地震の臨時情報発表を想定した国土交通省の訓練=2018年5月7日、東京都千代田区
 こういった状況の中、この情報をどのように生かしていくべきかが問われている。今年4月には、中央防災会議に「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」が設置され、臨時情報が発せられた場合の対応の在り方について、基本的な方向性をまとめるべく検討が行われている。南海トラフ地震の震源域の半分で地震が起きた場合、震源域の一部で地震が起きた場合、ゆっくり滑りが生じた場合などを例にして、個人や企業の対応の仕方について議論が行われており、12月をめどに検討結果がまとめられる予定である。

国難とも言える南海トラフ地震

 今後30年間の地震発生確率が70~80%と言われる南海トラフ地震は、最悪、死者32万3千人、全壊・焼失家屋約240万棟の被害が予想されており、土木学会によれば、20年間の経済損失額は1410兆円に及ぶとされている。確実に起きると言われる地震で、このような被害を出せば国は衰退する。あらゆる国民が被害を減らす努力をするしかない。耐震化や早期避難など的確な対策を行えば、死者は5分の1になると試算されている。しかし、残りの5分の1を救うためには、さらなる方策が必要であり、臨時情報の活用が望まれる。

 確度の高い地震の発生予測は困難だと言われる一方、観測網の整備により、様々な異常現象が観測される。予測が困難と言うことは、多くの専門家が色々な見解を発表することにつながる。マスメディアやSNSが、憶測情報を付加して煽れば、社会が混乱する恐れもある。信頼できる機関が、おのおのの見解について冷静な解説を行う仕組みが必要である。国内に留まらず、海外に対しても正確なメッセージを伝えることが社会活動維持に欠かせない。

避難の猶予時間が不足する地域での避難対応

 南海トラフ地震は、震源域が陸域に近いため、津波避難の時間的猶予がない地域が存在する。また、北海道胆振東部地震や熊本地震などでの土砂崩壊地域も避難は難しい。都道府県知事は、津波防災地域づくりに関する法律(津波防災地域づくり法)や土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)に基づいて、津波災害警戒地域や土砂災害警戒地域を指定することができる。危険地域を早期に指定すると共に、臨時情報発表時の避難の在り方について地域ぐるみで議論を進める必要がある。

緊急地震速報を活用した社会活動の維持

 南海トラフ沿いの地震では、地震発生から揺れの到達までにある程度の時間的猶予があり、2007年から本格運用されている緊急地震速報の活用が期待できる。社会活動を続けるために不可欠な鉄道やエレベーター、高所作業や危険物を扱う建設現場や工場などは、緊急地震速報の利用を前提とした緊急停止や退避行動が事業継続の前提となる。高度利用者向けの緊急地震速報の活用が望まれる。

 沿岸の埋め立て地には、発電所、製油所、ガス工場、製鉄所、化学工場、コンテナターミナル、物流倉庫など、社会を支える重要施設や危険物が存在する。埋め立て地は、強い揺れ、液状化、津波、高潮などに見舞われる可能性が高い。また、多くの場合、背後地が海抜0m以下の干拓地だったり、連絡橋のみで結ばれており、孤立の恐れもある。隘路の強化や迂回路の確保、孤立時の籠城の準備などが必須である。また、海抜0m地帯は堤防が破堤すれば長期湛水し、各戸が孤立する。臨時情報を、埋め立て地の被害軽減にどう役立てるかの事前検討が必要である。

港湾の対策

 島国である日本では、港湾と空港が命綱である。万が一、臨時情報発表時に、大型船舶が入港を躊躇すれば、数週間で石油やLNGが枯渇し、電気や都市ガスの供給が難しくなる。港湾の安全確保と船舶への安全情報の発信が不可欠である。

 港湾内船舶の津波回避には速やかな沖出しが必要だが、満載した船舶は、通常、舳先を港側に向けて入船で停泊し、タグボートで半回転させるには時間がかかる。臨時情報発表時には出船での停泊を基本にしたい。

 港湾の関係者は多岐にわたり、岸壁の管理主体も多い。地震後の耐震岸壁の優先利用、航路警戒や岸壁復旧の優先順位、コンテナなどの流失防止など、調整が必要である。港湾の維持には、税関や検疫、出入国管理、旅客の乗降や貨物の荷役・保管などのターミナル機能、船舶への水・燃料・食糧・船用品などの補給機能などが欠かせない。このため、船舶代理店、通関業者、港湾運送事業者、水先人、曳船業者、ターミナルオペレーター、シップチャンドラーなどとの連携も必要となる。

 主要道路が閉塞したり、港湾が津波で被災した場合、空港が最後の砦となる。しかし、関西空港や中部国際空港のような海上空港は、液状化や津波浸水の危険度が高い。万一、主要国際空港の滑走路が使えなくなると、大型の長距離旅客機の着陸場所が不足する。また、港湾機能や連絡橋が利用できなくなると、ジェット燃料の供給が難しくなり、電気・ガス・水・食料などの供給、職員や旅客の移動も困難となる。地震後の早期空港再開のために、臨時情報発表時に実施すべき緊急対応をあらかじめ定めておきたい。

公共インフラの安全レベルの開示

 臨時情報が出た時、行政組織や企業は、南海トラフ地震発生に備え、業務継続の在り方を判断する必要がある。どんな組織も自組織の対策レベルは把握できるが、道路・橋梁・堤防・ライフラインなどの公共インフラの対策状況が把握できていない。業務継続の判断は、これらの対策レベルに依存する。公共インフラの安全レベルを早期に開示すべきである。すでに、民間建築物に対しては、

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