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渡辺雄太がNBAにデビューし2得点

いくつもの偶然でつながれ、田臥勇太以来14年ぶりの快挙の未来

増島みどり スポーツライター

 10月27日、米テネシー州のメンフィスで行われた「メンフィス・グリズリーズ」対「フェニックス・サンズ」の今シーズン開幕5戦目で、渡辺雄太(24)が、第4クオーター残り4分31秒でついにNBAのコートに立った。

バスケットボールのワールドカップ2次予選のイラン戦第3クオーター、ドリブルで攻め込む渡辺雄太=2018年9月17日、東京都大田区総合体育館拡大バスケットボールのワールドカップ2次予選のイラン戦第3クオーター、ドリブルで攻め込む渡辺雄太=2018年9月17日、東京都大田区総合体育館
 ベンチ入り13人に登録され、113-91とグリズリーズが大きくリードした局面で身長2メートル06センチルーキーが現れると、立ちあがって拍手を送るファンの姿も。米国のNBAファンの間でも、日本にとってこれがどれほど重みのある歴史の瞬間か知られていたのだろう。

 それを祝福する声援に背中を押され、すこし照れたようにプレーに入るとすぐに右サイドから勝負を仕掛ける。左手でカットインに持ち込むと、ここで相手の反則を誘いフリースローをもらう。左手で慎重に2本決め、プレー時間4分31秒、2得点、2リバウンドでのデビュー戦に少しホッとしたように笑みを浮かべた。

 2004年に日本人として初めてNBAのコートに立った、田臥勇太(38=Bリーグ栃木)との不思議なつながりをも感じさせるデビュー戦だった。渡辺が対戦したのは、田臥が14年前に所属していた「フェニックス・サンズ」であり、初の得点もまた田臥と同じくフリースローでの2点。何より、米国内でも話題になっていたが、「日本人NBA選手はいつもYUTA」と、勇太と雄太、こんな同じ名前の縁もファンにとっては歴史の点と点を結ぶ楽しい偶然である。

 試合直後、コートでのインタビューに登場した渡辺はもちろん英語で、「正直に言うと、コーチに名前を呼ばれた時、とても緊張(ナーバス)していました。でもチームメートたちが声をかけてくれて、本当に感謝しています。お陰で4分を心から楽しむことができました」と、レポーターと軽妙なやり取りも見せた。2人のYUTA、14年前田臥がいたチームを相手にしたデビュー戦、同じフリースローでの初得点。同じ偶然はあったが、全く違ったものもある。

 レポーターの取材をコートで受け、英語で普通にやり取りする渡辺の姿は、ただでさえシャイなパイオニアがたった1人、大男の中に混じって果敢にチャレンジし、少なくなかった偏見や差別に切り込んで夢の舞台に立った14年前とは大きく違っていた。

 田臥はあの時、「まだ何も始まっていない。成し遂げたとも思わない」と、自分自身との戦いに精一杯だった。渡辺はこの試合後、会見でこんなコメントを残している(グリズリーズによる)。

 「日本の若い選手たちにとって、NBA入りというのはとても難しいことです。でも僕は、日本人がこのレベルでもプレーできるんだと証明したい。彼らには僕に続いて来て欲しい」 ・・・ログインして読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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