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GK像を変えた川口能活が引退会見で涙

忘れ得ぬアジアカップでのPK戦のセーブ、セカンドキャリアで世界を止めるGK育成を

増島みどり スポーツライター

 43歳の川口能活(J3相模原)の引退会見が11月14日、相模原市役所で行われた。清水商業(現在清水桜ケ丘高校)で全国高校選手権優勝キーパーとなり、プロとして横浜マリノスに加入。当時は、日本代表No.1GKとしてマリノスで不動のポジションを守っていた松永成立(56、現在横浜Mキーパーコーチ)から正位置を引き継ぎ、日本昨夏の隆盛とともに五輪代表、日本代表、時代を駆け抜けたGKのキャリアは長く、しかも濃密で、記者たちの「ヨシカツ」への思いがいかに深いかを示すように、130人が集まった。

 「完全燃焼したか、といえば、まだ余力もあります」

 ついに迎えた引退会見だったが、清々しく、研ぎ澄まされた表情で言った。対戦相手と、シュートと、困難な状況と戦い続けた豊潤なキャリアを象徴しているように映る。

 「(日本のサッカーに)違う形で貢献したいという思いが強くなって……引退する覚悟を決めました」

 引退を決めたのではなく、引退する「覚悟」を決めたとの表現にサッカーへの愛情がにじむ。今後は、GKを育成する指導者へと踏み出す。余力は、セカンドキャリアのためのエネルギーに変わるのだろう。会見の最後、報道陣に対し直立不動で、「現役を通して、今日が最高にうれしい日です」と声を詰まらせた。関係者からの止まない拍手を背に、Jリーグ(J1、J2、J3)通算538試合出場、日本代表116試合、4度のW杯出場を果たしたGKは部屋を後にした。

拡大アジアカップ準々決勝の豪州戦、PK戦の2本目を止めるGK川口能活=2007年7月21日、ハノイ
 23歳以下代表として、メキシコ五輪以来28年ぶりにオリンピック出場を果たし、実に28本ものシュートを無失点に抑えてブラジルを撃破した「マイアミの奇跡」、イランとの延長戦を制して日本代表が初めてW杯出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」、2000年レバノン大会でサウジアラビアを破って優勝したアジアカップ、後がないPK戦の死闘のなか、2本を止めて大逆転を呼び込んだ04年アジアカップの準々決勝ヨルダン戦(大会も優勝)、それぞれのターニングポイントに置いて忘れ得ぬ好セーブで日本を救った。

 「じゃんけんが弱い」

 「足が遅い」

 「太っている」

 そんな理由からGKになった選手が多かった時代から、川口は「GKになるべくしてなる」そういうGK像を築きあげた。 ・・・ログインして読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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