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稼働年齢層でも生活保護が利用できる

 2つ目の生活保護の運用については、「派遣村」以前からの取り組みの成果が社会に知られるようになったという面が大きい。

 本来、生活保護制度には「無差別平等の原則」があり、生活に困窮していれば、年齢に関係なく生活保護を利用することができる。稼働年齢層であっても、失業や低賃金により収入が生活保護基準を下回っていて、生活に困窮していれば生活保護を利用できるのだ。

 だが2000年代初めまでは、地域差はあるものの、稼働年齢層に対しては生活保護の申請を窓口で追い返すという違法な「水際作戦」が各地の福祉事務所で横行していた。1990年代後半から2000年代初頭にかけて都市部でホームレス問題が深刻化したのは、生活保護行政が適切に機能しなかった影響も大きい。

 状況が変わってきたのは、2000年代に入った頃である。都市部を中心に生活保護の申請支援に取り組む法律家が増え、生活困窮者を支援するNPOも法律家から学んだ法的知識を活用して、「水際作戦」を突破できるようになったのである。

 生活困窮者支援の現場に関わり、生活保護制度を法律通り運用させていこうという活動にコミットしていた法律家は、当初、一部の有志のみであったが、こうした有志の動きは日本弁護士連合会をも動かすことになる。

 2006年、日弁連は人権擁護大会で決議を行い、その中で「生存権を保障する憲法25条の理念を実務の中で現実化していくことは、人権擁護をその使命とする弁護士に課せられた責務である。しかし、これまで、生活保護の申請、ホームレス問題等の生活困窮者支援の分野における弁護士及び弁護士会の取り組みは不十分であったといわざるを得ない」と率直に反省の弁を表明した。そして今後は「生活困窮者支援に向けて全力を尽くす」と決意表明したのである。

 この決議が後押しをする形で、その後、全国各地で法律家による生活保護の申請支援の相談窓口が開設され、活動が活発化していった。私たちNPO関係者も法律家との連携を強化していった。

 こうした法律家やNPOによる活動は2006年頃から報道でも取り上げられるようになり、「稼働年齢層でも生活保護の利用はできる」という事実は徐々に知られるようになっていた。だが、このことが広く知られるようになったのは、「派遣村」での生活保護集団申請であろう。

 私自身、生活困窮者の相談現場において、自分が生活に困った際、「派遣村」の時の報道を思い出して、「自分も生活保護を受けられるのではないか」と思い、NPOに相談しようと思ったという人に何度か会ったことがある。

各地の生活困窮者支援活動が活性化

 3つ目の各地の活動への影響については、地方に行くと、「派遣村」の取り組みを報道で知り、地元で定期的な支援活動を始めたという話をよく聞く。それぞれの地名を入れた「○○派遣村」、「反貧困ネットワーク○○」という名称の団体が相談会を定期的に開催し、現在まで取り組みを継続している例も多い。

 このように「派遣村」はさまざまな点で社会にインパクトを与えたが、「派遣村」、そしてその基盤となった「反貧困」運動が社会に与えたプラスの影響を減殺するような動きも近年、強まってきている。

 「貧困問題の可視化」は成功し、貧困の存在を否定する人はいなくなったものの、現在は2008年~2009年に比べると、貧困対策を求める声が大きく広がっているとは言えない状況にある。

 むしろ、

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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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