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ゴーン事件 日本の「司法の独立」を世界が注視

五十嵐二葉 弁護士

保釈の可能性に沸き立ったメディア

 前回書いたように法律上は、勾留延長は裁判所が「やむを得ない事由があると認める」ときにだけ許される例外なのだが、「昨年1年間に延長請求が却下されたのは、全体のわずか0.3%」(21日付読売新聞)という逆転した実務に慣らされていたメディアは、ショックを受けた。「『裁判所はこれまで特捜部の請求は認めるとされていた。今回の判断は想定外だ』 特捜部OBの率直な感想だ」(12月21日付産経新聞)。

 地裁が勾留延長を却下したのは、金融証券取引法違反での2度目の逮捕勾留の期限が切れる12月20日。翌日からは最初の勾留が終わった時点で特捜部がした「有価証券報告書虚偽記載」での起訴による「起訴後の勾留」となり、起訴前勾留には保釈という制度が無い特異な制度の日本のでも保釈請求ができることになる。

 「弁護側保釈請求へ」(20日付朝日新聞)「ゴーン被告近く保釈か」(21日付読売新聞)「ゴーン前会長近く保釈」(21日付毎日新聞)。後から見れば保釈実現の確実性の度合いが各紙で微妙に違うのだが、メディアは皆「保釈の可能性」に沸き立った。事実、日産自動車前代表取締役のグレッグ・ケリー氏は翌日保釈請求して認められ、銀行の窓口が開く3連休明けに解放された。

 そしてゴーン氏について、「保釈の可能性が浮上する中で行われた東京地検特捜部による急転直下の逮捕劇」(22日付読売新聞「『保釈』一転逮捕」)「保釈阻止と受け取られるリスクもあった今回の再逮捕劇」(同日付毎日新聞「保釈恐れ焦る検察」)と期せずして複数の社で「再逮捕劇」という検察を突き放した表現も使われた。

 「保釈への道 特捜衝撃 ゴーン前会長2度逮捕に疑義」という21日付朝日新聞の見出しをずっと先に延ばした先に、テレビ東京のアナウンサーの「もし有罪にならなかったら」という問いかけ「特捜部解体」コメントという、これまでになかったマスコミの姿が出てきた。

 国境を「突き抜ける」trans nationalなゴーン事件が、日本のこれまでの島国のnationalな報道を変えるのだろうか。

 米誌タイムは2018年の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」にトルコで殺害されたサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏らを選び「多大な犠牲を払っても真実を追い求め、そして声をあげ続けた」と称えた(12月12日付読売新聞夕刊)。ジャーナリズムが、国家権力や大企業などの「力の行使」を客観的に検証することができるか、しているかどうかは、その国の民主主義のバロメーターだ。

勾留延長却下へ検察の狼狽と怒り、「保釈恐れ」「一転」3度目の逮捕

 「検察側は20日の東京地裁の決定を不服として準抗告を申し立てたが、これも同日中に退けられた。検察は今後、最高裁に特別抗告ができるが、特別抗告が認められるのは、限られた場合だけだ」。10月に最高裁が別事件で出した決定で、大阪地裁が「一連一体の事実で関係者も同じ。必要とされる捜査も大半が共通する」と認定し、再逮捕後の勾留請求を「不当な蒸し返しだ」として却下した決定に対する検察の特別抗告を認めなかった例があるからだという(21日付朝日新聞から)。

 しかし却下決定が現実のものとなって、「どうしても身柄を放したくなかった」検察は「保釈恐れ」「一転」3度目の逮捕をするしかなかった。

 却下決定をした裁判官はおそらく「国際的に問題になる事件なのだから、法の原則に従おう」といった意識的な判断をしたわけではなく、最高裁の判例があるから従ってもいいだろう、くらいの気持ちだったのではないだろうか。

 それでも検察は裁判所がまさか勾留延長却下をするとは思っていなかった。裁判所というものは、検察の捜査に協力する、捜査のための検察の手法を理解して、求める通りの決定を出す。そういう永年の「信頼」を裏切られた検察の狼狽、そして怒り。

 「同じ罪名での2分割に対する批判は、本当に捜査実務を分かっていない」、「裁判所は検察と心中するつもりはないということだ。はしごを外された」、「国際世論に配慮して早期釈放すれば『日本の裁判所は検察と違う』と英雄視されるから」。検察幹部や検察関係者は東京地裁の決定に対してこう漏らしたという(21日付朝日新聞)。

 同日付毎日新聞は、検察幹部の発言として「捜査上、必要だから勾留延長してほしいと請求したのに、認めないということは『捜査するな』と言われたようなもの。信じられない」、「非常識な判断、裁判所は腰が引けているのではないか」と書いた。

 戦後憲法を受けて1948(昭和23)年に近代化された今の刑事訴訟法の勾留制度。しかしその後70年のうちに、検察の要求に裁判所が応じるまま、原則と例外が全く逆転してしまった。日本では法律の意味(解釈)を決めるのは裁判所ではなく検察の実務だという実態に安心しきっていた検察の狼狽と怒りが激しいのは、日本の司法の歴史に理由がある。

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筆者

五十嵐二葉

五十嵐二葉(いがらし・ふたば) 弁護士

1932年生まれ。68年弁護士登録。山梨学院大学大学院法務研究科専任教授などを歴任。著書に「刑事訴訟法を実践する」など。

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