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ゴーン事件 日本の「司法の独立」を世界が注視

五十嵐二葉 弁護士

日本の裁判所はなぜ検察に弱いのか

 国民国家は、成立した初期には、予算も権限もまだ小さくて、外敵から自国民を守るという最低の機能をもつだけの「夜警国家」、チープ・ガバーンメントだった。

 時代と共に、国家が権限を増すことは、行政権の肥大と不可分で、国民国家は「行政国家」となる。学者によって「福祉国家」とも呼ばれるのは、アメリカのソーシャル・セキュリティナンバーで分かるように、福祉は人民の掌握を制度的前提にする。

 行政国家が肥大した行政機構をもって支配しても、自由を求める人々は、国家統治の強大化に反対し続ける。文明水準が高い民族ならば、国家は反対を押さえつける方法としてすべて「裸の国家暴力」を使うことはできないから、政権者は司法にその機能を担わせる。これが「司法国家」の時代だ。

 アメリカの出版社メリアム・ウェブスターが選ぶ「2018年の言葉」はjusticeに決まったという。

 司法国家レベルにあっても、なお「法と良心のみに従って正義を守る」裁判の仕事に生きがいを感じる裁判官がいて、国民がそれを支持することができるのが、民主主義が健全に機能している国だ。

 アメリカでは2017年、移民制限のトランプ大統領令に対して、複数の連邦地裁と巡回裁判所の裁判官たちが違憲判決をした。トランプ氏が反対を押し切って右派の裁判官を最高裁に送り込んだ後の今年12月に、最高裁はこの差し止めを支持する判決を出した。保守派のロバーツ裁判官も加わった5対4の多数に加わった結果だ(12月23日付産経新聞より)。

 モリ・カケ事件の処理でも明らかなように、行政が極度に肥大した国家である日本国の裁判官たちはどうだろうか。

 裁判官の中で、位人臣を極めた最高裁判事でも「政府の方針に反する」ことが難しい。「1票の格差」を違憲無効と言えず「違憲状態」だが無効ではないと言葉の意味不明の判決を繰り返す日本の司法の世界。

 裁判官の6割を占めると言われる「優柔不断型裁判官」の中には、

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筆者

五十嵐二葉

五十嵐二葉(いがらし・ふたば) 弁護士

1932年生まれ。68年弁護士登録。山梨学院大学大学院法務研究科専任教授などを歴任。著書に「刑事訴訟法を実践する」など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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