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京都周辺の地震と改元

 災異改元のうち、承平から天慶への改元の直前には、938年5月17日に京都などで地震があり高野山で被害があったようだ。天延から貞元への改元の直前には、976年7月17日に山城・近江で地震が、また、元暦から文治への改元のときには、1185年8月6日に文治地震があった。

 文治地震については、鴨長明が著した方丈記に「世の不思議五」として記されており、地震で発生する様々な事象が見事に描かれている。

 「また、同じころかとよ。おびただしき大地震ふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川を埋み、海はかたぶきて、陸地をひたせり。土さけて、水湧き出で、巖割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。都の邊には、在々所々、堂舍塔廟、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵・灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷に異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも登らむ。おそれの中に、おそるべかりけるは、たゞ地震なりけりとこそ覺え侍りしか。」

 さらに、正和から文保の直前には1317年2月16日に京都で地震があり、正中から嘉暦の直前には1325年11月27日に柳ケ瀬断層が活動したと考えられる正中地震が起きている。さらに文安から宝徳の直前には、1449年5月4日に山城・大和で地震が起きている。

 また、文禄から慶長に移る直前には、1596年9月1日に中央構造線が動いた慶長伊予地震が、9月4日に別府―万年山断層が動いた豊後地震、9月5日には伏見城も倒壊した伏見地震が起き、翌年には慶長の役で朝鮮出兵に出兵した。また、文政から天保に変わる直前には、1830年8月19日に文政京都地震が発生している。

 このように、都のあった京都で被害が生じる地震が起きると、改元されているようだ。現在で言えば、首都直下地震が起きた後の混乱した状況だと思えばよい。

南海トラフ地震と改元

 嘉保から永長に改元された直前には、1096年12月11日に永長地震が起きている。この地震は南海トラフ沿いで起きた東海地震と考えられているが、 ・・・ログインして読む
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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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