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世代交代の最中に迎えたアジア杯準優勝の価値

サッカー日本代表がW杯ロシア大会の教訓を生かしたイラン戦での原口の3点目

増島みどり スポーツライター

 アジア杯出場国が16カ国から24カ国に拡大して初めての今大会(UAE・ドバイほか)、新生・日本代表は決勝まで7試合全てを戦い、2022年W杯開催国カタールに敗れ、初めての準優勝となった。

 グループリーグから振り返ると、トルクメニスタン戦が3-2、オマーン戦1-0、ウズベキスタン戦2-1と、3戦とも1点差の試合で決勝トーナメントに進出。

 トーナメント初戦のサウジアラビア戦はセットプレーで(DF冨安)、続くベトナム戦もPK(堂安)での1点差と辛勝するなど、昨年9月以降の親善試合での5戦無敗とは異なり、アジアの厳しい展開で1試合1試合を勝ち抜き、森保一監督が常に口にしてきた「結果を出しながら成長する」との目的は果たした、と高く評価できる。

 4年前のアジア杯ベスト8でUAEに敗れた際の先発メンバーで、今回も先発しているは長友佑都、吉田麻也、乾貴士の3人のみ。2010年南アW杯から監督こそ、岡田武史、ザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチ、西野朗と5人が指揮したが、一方の選手は変わらなかった。

拡大アジア杯準決勝のイラン戦後半、南野のクロスに大迫が頭で合わせ先制ゴールを決める=2019年1月28日、UAE・アルアイン
 昨年のロシア大会までほぼ10年続いた「成熟の」代表から、これほど大胆な世代交代という名の大リニューアル工事の真っ最中に、大陸王者をかけた大会を迎えれば、チームが機能しないまま終わってしまうケースが想定される。それでもDFの冨安、堂安、準決勝のイラン戦で泥臭くボールを追って大迫の先制点の突破口につなげた南野と若い選手が野心と自信を持って試合に臨み、W杯経験組と融合する7試合で、22年カタール大会への道筋は見えたのではないか。

準決勝イラン戦の原口の3点目にみる前進

 日本代表とは、残酷なまでの失望や試練を糧に進歩する使命を追ったチームだろう。進む距離とは残念ながら、何年かけても本当にわずか数センチの時もあれば、知らないうちに同じ位置に戻されている場合もある。そうした意味で、今大会大きな前進が準決勝のイラン戦に見えた。

 ロシアW杯でベスト8に手をかけたベルギー戦、日本は2-0と先制。初の8強が目前となって試合終盤に入ると、2-0を2-1に、そして2-2とされ、試合最後のプレーで超高速カウンターを受けて2-3で敗れてしまった。もちろんベルギーの凄まじいカウンターは大会3位の実力として、2-0からの試合の進め方、終わらせ方、西野監督の指揮系統と様々な課題は残った。

 森保監督は昨年の親善試合、世界ランキング6位の強豪・ウルグアイとの一戦で、4-2とリードした後、残り15分、ボランチの青山を投入。しかし4-3と追加点を奪われた後、「あそこはロシアのベルギー戦をイメージした真剣勝負の15分でした。あそこで3点目を奪われてしまっては、まだまだ」と、ウルグアイへの勝利よりも1失点を厳しく追求していた。

 自ら、ドーハの悲劇で得た失望と教訓を胸にキャリアを築いてきた監督らしく、イラン戦でも「最後まで集中力を切らさずハードワークを全員がやる。それが結果に繋がれば」と話した。

 2点目を奪った後も、負傷はあったが酒井と室屋、堂安と伊東と2枚のカードを切った。結果的にアディショナルタイムに、ベルギー戦では先制点を決めながら最後はベンチで大逆転を見た原口がダメを押す3点目を奪って決勝に進出。2-0が2-3になった試合から、2-0を3-0で終わらせた試合。原口は「(イランの挑発や自身のゴールがない中でも)イライラせずに集中できた。メンタルは成長したと思う」と、手応えを口にした。ロシア大会でベンチにいた森保監督と、出場した選手たちのひとつの答えが、アジアで形になった試合だった。 ・・・ログインして読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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