2019年03月08日
3月5日、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏に対する東京地裁の保釈決定がされ、6日には保釈された。逮捕から108日目の保釈である。本稿は、カルロス・ゴーン事件の罪に問われている事件の内容について論評するものではない。ゴーン氏に対する捜査と自由拘束のあり方が、国際的な人権基準から見て、どのような問題点があるかについて論ずるものである。まず、事件の経過を振り返る。
ゴーン氏は、まず、昨年11月19日に金融商品取引法違反事件の容疑で東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所に拘置され、12月10日に起訴された。次に、同一の被疑事実の別件の容疑で12月10日に再逮捕され、この件では、検察官の勾留延長申請が12月20日に却下された。さらに、特別背任事件の容疑で、12月21日に再々逮捕され、この事件については本年1月11日に起訴された。
その後、ゴーン氏は二度にわたり、保釈申請したが、1月15日と1月22日の二回にわたり保釈請求が却下され、東京拘置所における拘置が継続されてきた。今回の保釈請求は2月28日に請求され、3月5日に保釈が許可され、検察官による準抗告も棄却され、6日に、ゴーン氏は自由の拘束を解かれ、保釈された。
ただ、この保釈には10億円の保釈保証金を積むほか、①日本国内に居住し、住居の出入り口に弁護士が監視カメラを設置する②海外渡航を禁止し、パスポートは弁護人が管理する③日産幹部ら事件関係者との接触を禁止する④パソコンや携帯電話の使用を制限する、などの厳しい条件が課されているという。
1月には、フランスのマクロン大統領は安倍首相に対し、「ゴーン氏に対する拘禁はあまりに長く、厳しすぎる。仏市民を、品位を持って取り扱って欲しい」と要望していた。複数のフランス人弁護士から、このような身柄の拘束は自由権規約に違反するとの声明が公表された。ゴーン氏の妻が、国連の人権理事会の恣意的拘禁ワーキンググループに、通報を行ったことも伝えられていた。多くの海外のメディアが、ゴーン氏に対する保釈が認められず、このような長期の身柄拘束がなされ、取り調べが継続されてきたこと、取り調べに弁護人の立ち会いが認められていないことなどを取り上げ、人権侵害であると批判した。
ここで、注意するべきことは、海外のメディアは、日本の実務がフランスと異なるからとして抗議していたのではない。日本の捜査実務が確立した国際人権基準に反すると主張しているのである。したがって、この問題はゴーン氏だけの問題ではない。
カルロス・ゴーン事件は東京地検特捜部の捜査にかかる事件であり、警察捜査にかかる事件ではない。ゴーン氏は代用監獄・警察留置場には収容されていない。収容されてきたのは法務省が管理する東京拘置所である。
しかし、起訴前の保釈の不在、保釈拒否理由としての「罪証隠滅」の問題、取り調べが一つの事件について23日間(勾留延長された場合)継続され、その間捜査機関の取り調べが続くこと、事件を細分化して再逮捕を繰り返せば、更に長期間身柄拘束が延長されること、取り調べに弁護人の立ち会いのないことなどは、冤罪(えんざい)の温床として、国際人権機関から繰り返し改善を求められてきた問題ばかりである。問題点を整理してみよう。
自由権規約9条3項は「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれる」と定めているが、この規定は、捜査機関が被疑者に対して強制的に取り調べ可能な勾留期間は逮捕後24-48時間に限定したものと解釈されている。自由権規約9条の解釈基準を委員会自らが決めた一般的意見では、「「速やかに」の厳密な意味は,客観的事情によってさまざまであろうが,遅滞は,逮捕時から数日(a few days)を超えるべきではない。委員会の見解としては,個人を移送して裁判所の審問に備えるには,通常,48 時間で十分であり,48 時間を超えての遅滞は,絶対的な例外にとどめられ,諸事情に照らして正当化されなければならない。司法統制を伴わない法執行官の管理下でのより長い抑留は,虐待の危険を不必要に増加させる」とされている(2014 一般的意見35)。そして、実際に取り調べがなされるのは数時間までが一般的である。それに対して、日本では1つの事件で23日間、事件を細分化して逮捕を繰り返せば、23日間×事件数の期間にわたって取り調べを継続することができ、一日の取り調べ時間も朝から晩まで長時間続く。このような制度は国際的に類似例を見つけることが困難であり、極めて異例なものである。
1980年代に代用監獄制度が国際的に非難された際に、日本政府は類似の捜査実務が、ハンガリー、フィンランド、韓国の国家保安法違反事件捜査、イギリスのテロ事件捜査にも見られると反論していた。しかし、これらの類似例は国際機関による勧告により順次改善され、数十日も捜査機関による取り調べが続くような制度は世界から一掃され、おそらく日本だけに残っていると考えられる。
欧米でも、被疑者が拘置所に行ってから捜査機関による取り調べがなされることが全くないわけではない。しかし、それは、捜査官による面会(任意取り調べ)として位置づけられ、被疑者には捜査官と会わない自由が保障されている。
自由権規約の9条3項は「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続きのすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる」と定めている。裁判所に事件が送致された後は、裁判所が保釈(条件付き釈放)することができるのが、自由権規約9条3項の要求する国際水準である。自由の拘束を継続する根拠は、裁判への出頭の確保すなわち逃走の防止に限定されなければならない。
自由権規約14条3項(b)は「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること」と定められているが、この規定は、捜査の全過程において、弁護人の援助を受けられるようにすることが弁護権保障の目標と解釈されている。
日本の実務において、行われている異常な長期間・長時間の取り調べを前提とすると、その全部に立ち会うことは絶望的とも考えられるが、国際的には、一人の被疑者について、取り調べの平均時間は数時間が平均的な実務であり、23日間にわたって何度も警察に接見のために訪問している日本の弁護実務からすると、取り調べの期間、時間が国際基準に沿って限定されれば、弁護人の取り調べ立ち会いは十分可能である。
前述した自由権規約14条3項(b)の定めている「十分な」「便益」は、捜査機関が収集したすべての証拠に対して、弁護人にアクセスする権利を保障することを求めていると解釈されている。捜査機関の手持ちの証拠に対する全面的な証拠開示は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ人権裁判所、自由権規約委員会などによっても認められてきた。日本における証拠開示は、公判前整理に付された事件について、類型証拠、争点関連証拠に限って実施されている。控訴審や再審では裁判所の職権行使に依存する証拠開示手続きしか存在しない。
未決被拘禁者は刑事被収容者処遇法のもとでは、誰とでも面会できるとされている。しかし、事件によっては、
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