メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

ゴーン事件で問われた、日本国民全体への人権侵害

海渡雄一 弁護士・日弁連刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行・ 日弁連国際人権条約ワーキンググループ座長

第2 国際人権基準と乖離している日本の刑事司法

1 はじめに

 カルロス・ゴーン事件は東京地検特捜部の捜査にかかる事件であり、警察捜査にかかる事件ではない。ゴーン氏は代用監獄・警察留置場には収容されていない。収容されてきたのは法務省が管理する東京拘置所である。

 しかし、起訴前の保釈の不在、保釈拒否理由としての「罪証隠滅」の問題、取り調べが一つの事件について23日間(勾留延長された場合)継続され、その間捜査機関の取り調べが続くこと、事件を細分化して再逮捕を繰り返せば、更に長期間身柄拘束が延長されること、取り調べに弁護人の立ち会いのないことなどは、冤罪(えんざい)の温床として、国際人権機関から繰り返し改善を求められてきた問題ばかりである。問題点を整理してみよう。

2 長すぎる捜査機関の取り調べ期間、取り調べ時間

 自由権規約9条3項は「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれる」と定めているが、この規定は、捜査機関が被疑者に対して強制的に取り調べ可能な勾留期間は逮捕後24-48時間に限定したものと解釈されている。自由権規約9条の解釈基準を委員会自らが決めた一般的意見では、「「速やかに」の厳密な意味は,客観的事情によってさまざまであろうが,遅滞は,逮捕時から数日(a few days)を超えるべきではない。委員会の見解としては,個人を移送して裁判所の審問に備えるには,通常,48 時間で十分であり,48 時間を超えての遅滞は,絶対的な例外にとどめられ,諸事情に照らして正当化されなければならない。司法統制を伴わない法執行官の管理下でのより長い抑留は,虐待の危険を不必要に増加させる」とされている(2014 一般的意見35)。そして、実際に取り調べがなされるのは数時間までが一般的である。それに対して、日本では1つの事件で23日間、事件を細分化して逮捕を繰り返せば、23日間×事件数の期間にわたって取り調べを継続することができ、一日の取り調べ時間も朝から晩まで長時間続く。このような制度は国際的に類似例を見つけることが困難であり、極めて異例なものである。

 1980年代に代用監獄制度が国際的に非難された際に、日本政府は類似の捜査実務が、ハンガリー、フィンランド、韓国の国家保安法違反事件捜査、イギリスのテロ事件捜査にも見られると反論していた。しかし、これらの類似例は国際機関による勧告により順次改善され、数十日も捜査機関による取り調べが続くような制度は世界から一掃され、おそらく日本だけに残っていると考えられる。

 欧米でも、被疑者が拘置所に行ってから捜査機関による取り調べがなされることが全くないわけではない。しかし、それは、捜査官による面会(任意取り調べ)として位置づけられ、被疑者には捜査官と会わない自由が保障されている。

3 逃走の恐れのない事件は、重大事件でも逮捕の数日後に保釈されるのが、国際スタンダード

 自由権規約の9条3項は「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続きのすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる」と定めている。裁判所に事件が送致された後は、裁判所が保釈(条件付き釈放)することができるのが、自由権規約9条3項の要求する国際水準である。自由の拘束を継続する根拠は、裁判への出頭の確保すなわち逃走の防止に限定されなければならない。

4 取り調べに対する弁護人の立ち会いの否定

 自由権規約14条3項(b)は「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること」と定められているが、この規定は、捜査の全過程において、弁護人の援助を受けられるようにすることが弁護権保障の目標と解釈されている。

 日本の実務において、行われている異常な長期間・長時間の取り調べを前提とすると、その全部に立ち会うことは絶望的とも考えられるが、国際的には、一人の被疑者について、取り調べの平均時間は数時間が平均的な実務であり、23日間にわたって何度も警察に接見のために訪問している日本の弁護実務からすると、取り調べの期間、時間が国際基準に沿って限定されれば、弁護人の取り調べ立ち会いは十分可能である。

5 全面的な証拠開示がなされていない

 前述した自由権規約14条3項(b)の定めている「十分な」「便益」は、捜査機関が収集したすべての証拠に対して、弁護人にアクセスする権利を保障することを求めていると解釈されている。捜査機関の手持ちの証拠に対する全面的な証拠開示は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ人権裁判所、自由権規約委員会などによっても認められてきた。日本における証拠開示は、公判前整理に付された事件について、類型証拠、争点関連証拠に限って実施されている。控訴審や再審では裁判所の職権行使に依存する証拠開示手続きしか存在しない。

6 長期にわたる家族・友人との接見禁止

 未決被拘禁者は刑事被収容者処遇法のもとでは、誰とでも面会できるとされている。しかし、事件によっては、

・・・ログインして読む
(残り:約3686文字/本文:約6998文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

海渡雄一

海渡雄一(かいど・ゆういち) 弁護士・日弁連刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行・ 日弁連国際人権条約ワーキンググループ座長

1955年生まれ。81年弁護士登録。2010~12年日本弁護士連合会事務総長。NPO法人監獄人権センター代表。著書に「監獄と人権」(1995 明石書店)、「監獄と人権2」(2004 明石書店)、「刑務所改革」(2007 日本評論社 菊田幸一と共編)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです