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沖縄県民投票への閉塞感を破った一本の電話(上)

難局を乗り越え、普天間基地の辺野古移転に対する県民の意思表示をなぜ実現できたか

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

 全ては一本の電話から始まった。

 「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎(27)代表が、沖縄県の宜野湾市役所前でハンガーストライキを初めて3日目の早朝だった。

拡大「辺野古」県民投票の会の安里長従副代表
 県民投票の会の安里長従(あさと・ながつぐ)副代表(47)の事務所に、公明党の沖縄県会議員である金城勉県本部代表から電話が入った。まだ出勤していなかった安里氏が事務員から連絡を受けて折り返すと、金城氏は、こう尋ねてきた。

 「今朝の新聞に載っていることは、本当か」

 その日の地元紙である琉球新報のことを指していた。

 安里氏が「その通りです」と答えると、金城県議は「すぐに会いたい」と伝えてきた。安里氏は、直感的に事態が動き始めたと感じた。

 2月24日に実施された辺野古の米軍新基地建設の是非を問う県民投票は、投票者総数の72%が辺野古埋め立て「反対」に投じ、沖縄県の民意は示された。たが、全県民による投票にこぎつけるまでには、身内から実施に疑問符がつけられるなど、いくつもの壁が立ちはだかった。

 一時は5自治体の市長が投票への不参加を表明する事態を招いたが、これに抵抗する元山氏のハンガーストライキがきっかけとなって県議会が動き、最悪のシナリオは回避することができた。その元山代表を理論的・精神的に支えて事態打開のために奔走した安里氏が、県民投票の秘話を明かしてくれた。

 安里氏が元山氏と出会ったのは、一昨年、2017年の12月だ。元山氏らが主催する県民投票の勉強会が那覇市内で開かれ、安里氏も出席していた。40人ほどの参加者のうち、8割が県民投票には反対だった。

 すでに2014年の県知事選で、辺野古新基地建設に反対を掲げる故・翁長雄志前知事が当選し、その後の国政選挙でも辺野古反対派の候補が当選していたことで、すでに民意は示されているという理屈だ。それよりも安倍政権が強行する基地建設が大詰めを迎え、早く埋め立て承認の撤回を翁長知事に表明させる方が先決だという意見が大勢を占めていた。

 安里氏は貧困問題に取り組んできた司法書士だ。沖縄の貧困は基地とは無縁ではないというのが持論だ。辺野古の問題を民主主義の原則に立ち返って解決を求める『沖縄発 新しい提案』という著書を出版するために、辺野古を巡る国と沖縄県の訴訟記録も読み込んでいた。

強かった県民投票への風当たり

 2016年9月、国が翁長前知事を訴えた辺野古違法確認訴訟で知事側が敗訴した判決全文に、こんなことが書かれていた。沖縄の歴史や過去の選挙などをふまえて、基地が集中する特殊事情による沖縄の民意は「十分考慮されるべきである」としながらも、「(辺野古新基地)建設に反対する民意には沿わないにしても、普天間飛行場その他の基地負担の軽減を求める民意に反するとは言えないし、両者が二者択一の関係にあることを前提とした民意がいかなるものであるかは証拠上明らかではない」と結論付けている。

 つまり、普天間飛行場を辺野古に移設すれば、基地面積は半分以下になり負担は軽減されるが、沖縄には基地の整理縮小を願う民意と、辺野古新基地建設に反対する民意のふたつがあって、どちらを優先するのかがよくわからない、というのだ。であれば、選挙以外で二者択一ではない民意を示せば、沖縄の求める民意は明確になるはずだ。それには県民投票がベストだと考えた。

 年が明けた2月、たまたま出張で訪れた東京で元山氏らと飲む機会があった。お互いに意気投合し、店が閉まった後も宿泊先のホテルで朝の7時ごろまで話し込んだ。これまでの沖縄の反基地運動は、政治的な党派や労組などを中心に続いてきたが、元山氏はその両方にも頼らず、基地賛成にしろ反対にしろ沖縄の未来は自分たちで決めたいと熱く語っていた。彼らの直感的な思いは、民主主義の原点を志向していることに気づいた。彼らとなら沖縄に新たな地平を切り開くことができるかもしれない。県民投票に向けての絆は、ここで生まれたという。

 だが、県民投票への風当たりは予想以上に強かった。辺野古の現場で日々、座り込んで運動を続けてきたシニア世代は、歴史的にも想像を絶する苦難を乗り越えてきた。彼らにとって護岸工事が進む辺野古の工事を止めるには、悠長に事を構えていては間に合わないという意見が根強かったし、「何も知らない若造が」と蔑んで見られることもあった。

 安里氏は「辺野古」県民投票の会を結成した元山氏ら若い世代を支える副代表に就いた。署名集めが始まったのは5月23日で、2カ月の間に有権者の50分の1に当たる約2万3000筆を集めなければならない。掲げたスローガンは「話そう、基地のこと。決めよう、沖縄の未来」。あえて「基地反対」など偏った言葉は使わずに、みんなで話し合って、悩みながら決めようという姿勢を貫いた。

 だが、署名活動の広報が十分ではなかったのとボランティア人員不足で、1カ月が経っても8000筆に届かない。そのことが地元紙で報道されると、「どこへ行けば署名できるのか」「署名簿を送ってほしい」などの問い合わせが殺到した。署名数だけでなく、手伝ってくれるボランティアも一気に増えた。それに引っ張られるように、政党や労組も署名集めに乗り出してくれた。最終的には約10万1000筆を集め ・・・ログインして読む
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筆者

辰濃哲郎

辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家

ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。

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