メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

救えた命、父親の攻撃に屈してしまった関係組織

野田市・虐待死事件の問題点と児童相談所改革を考える

山脇由貴子 家族問題カウンセラー

死亡した女児が回答したものと同じ、千葉県野田市教委のいじめに関するアンケート。「ひみつを まもりますので、しょうじきに こたえてください」と記されている

 千葉県野田市で小4の女児が父親からの虐待によって死亡する事件が起きてしまった。この事件の経過を見ると、防げることができた、救える命だった、と確信する。

 今後、二度と同じような事件が起きないために、この事件の問題点を検証したい。

 まず、学校がいじめのアンケートに本人が父親からの虐待について書き、担任が聞き取りをし、児童相談所に通告、児童相談所が翌日に一時保護をした。ここまではスピーディで、良い対応だったと言える。

なぜ「重篤な虐待ではない」と判断したのか

 問題はその後だ。柏児童相談所は「重篤な虐待ではないと思い込んでいた」と記者会見で述べているが、なぜ、重篤な虐待ではないと判断したのか。アンケートには本人の訴え以外にも担任が聞き取ったメモがあり、そこには「叩かれる」「首を蹴られる」「口をふさがれる」「こぶしで10回頭を叩かれる」と書かれていた。明らかに重篤な虐待と言える内容だ。さらに児童相談所は一時保護中に、心愛ちゃん本人からも虐待について聞き取りをしているはずだ。加えて心理の専門家が心理テストを行い、心愛ちゃんの心の状態、心の傷の度合いなどもみているはずだ。学校で虐待について話すことが出来た子どもなのだから、児童相談所でも必ず話していただろう。

 一時保護中に児童相談所が行ったこと、その内容は公表されていないが、何を根拠に家に帰しても安全だと判断したのか、明らかにすべきだ。親との面談は8回も行っている。面談の中で児童相談所は父親から、母親から、何を聞き取ったのか。心愛ちゃんは虐待についてなんと語ったのか。心愛ちゃんの親への気持ちは。家に帰りたいと言ったのかどうか。

 心愛ちゃんの一時保護中、柏児童相談所は一度も心愛ちゃんと父親を会わせていない。8回の面談の中、母親は数回心愛ちゃんに会わせているが、父親とは会わせなかった理由を、児童相談所は心愛ちゃんが父親を怖がっていたから、と説明している。おかしな話だ。会わせられないくらい怖がっているのに、記者会見では「恐怖が和らいでいった」と述べている。会っていなければ暴力も振るわれないのだから、恐怖は軽減するかもしれない。でもそれは単に会っていないからであって、実際父親に会わせて恐怖が再燃しないか、そして、父親と心愛ちゃんが一緒にいる様子、父親の心愛ちゃんの態度も、何も確認せずに、家に帰してよいと判断して理由は、まったく理解出来ない。

 私も、児童相談所で勤務していた頃、虐待を受けて来た子どもの聞き取りや、心理テストを数多く行って来た。心は見えない。だからこそ、虐待による心のダメージを丁寧にみることによって、それまで子どもが受けて来た虐待が明らかになるのだ。そして子どもの訴えと意志は最優先しなければならない。そして、一時保護中に虐待者である親と子どもを会わせ、親の態度、親子の様子、子どもの気持ちの変化を確認するのも、家に帰してよいかの判断のために非常に重要なのだ。

 加えて児童相談所は、最低限、親が虐待を認め、反省をし、2度としないと約束しない限り、子どもを家に戻す、という判断はしてはならない。しかし柏児童相談所は、父親が虐待を認めていないにも関わらず、家に戻してしまっている。柏児童相談所は、「重篤な虐待ではない」と思い込み、家に帰しても心愛ちゃんは安全だ、と考えた理由が「痣(あざ)の程度が軽かった」というだけであるなら、あまりにも浅はかだ。医師によるPTSDの診断があったという情報もある。心愛ちゃんの心は深く傷ついていた、ということだ。身体に傷がなければ、心に傷があっても虐待ではない、ということなのだろうか。これは、全国の多くの児童相談所に共通していることかもしれない。なぜ、身体の傷、痣だけを重視して、子どもの心の傷を軽く扱うのだろう。

 加えて、母親は、児童相談所に対して、DVの相談もしていた。虐待に加えて、父親から母親に対するDVもあるのであれば、家庭に戻せない理由が増えた、ということになる。母親は、子どもを守れないのだ。柏児童相談所は、この対応について、自分達はDVの専門機関ではないから、と説明し、専門機関につながなかったことについての非は認めているが、DVがある家庭に子どもを戻す、という選択肢は児童相談所にはないはずなのだ。それなのに児童相談所が心愛ちゃんを家に戻したのは、結局児童相談所は、父親からの恫喝に負けたのだとしか思えない。だから、会うことすら怖がっている父親のもとに、心愛ちゃんを帰したのだ。

父親の言いなりになった児童相談所

女児が遺体で見つかったマンション=2019年1月25日、千葉県野田市
 父方親族に帰したのも問題の一つだ。自宅ではないと言え、父方なのだから、父親の味方である。父方親族宅は、自宅から徒歩数分の所にある、という情報もある。そこに心愛ちゃんを帰せば、父親は頻繁に心愛ちゃんに接触し、そしてすぐに父親の所に戻されることは容易に想像できる。実際、児童相談所は、2カ月程度で自宅に戻す予定だった、と述べている。児童相談所は、父方親族宅に戻す、という決定をした時点で、既に父親のいる自宅に戻すことを決定していた、ということだ。結局、児童相談所は父親の言いなりになったのだ。

 児童相談所も教育委員会に対して同様、父親にはかなり激しく攻撃されただろう。だからこそ、父親の攻撃の激しさから、家庭内という密室で行われる虐待の程度は容易に想像できる。自分達に向けられた攻撃が、子どもに対しては何十倍にもなって向けられることになる、と考えるべきだった。だから絶対に心愛ちゃんを、父親のもとに帰してはならない、と判断するのが児童相談所の役割だ。

 さらに、自宅への戻し方も問題だ。心愛ちゃんからの手紙を見せられ、おそらく父親に書かされたのだろう、と思いながらも父親が心愛ちゃんを家に連れて帰るのを許している。

 そもそも、父親は一貫して虐待を認めていないのだ。それなのに父方親族宅に帰したのもあってはならないことだが、ましてや、父親の要求に従って、自宅に戻すなど、絶対にあってはならないことだ。虐待者である親の要求に児童相談所が従う、なんて最もやってはならないこと、といってよいだろう。しかし、結局ここでもまた、父親の攻撃に負けたのだ。

 さらにこの時、父親は、「これ以上引っ掻き回すな」と児童相談所に言っており、児童相談所の今後の関わりを一切拒絶している。児童相談所は虐待再発を防ぐために、定期的に家庭訪問し、親子の様子を見て、さらに学校訪問し、子どもの本心を聞かなくてはならない。その児童相談所の指導に従わない、と父親は言っているのだから、父親の要求の全てを、児童相談所は拒絶しなくてはならなかったのだ。かたくなに児童相談所の指導を拒否するのであれば、再度の保護も検討する、と伝えるべきだった。それなのに、児童相談所は父親が親族宅から家に戻った日にちも把握していなかった。父親が勝手に家に戻してしまうことを想定していながらも、放っておいたのだ。そしてその後も、児童相談所は学校訪問を1回しただけで、その後は何もしていない。手紙が書かされたものだ、ということを心愛ちゃんから直接聞き取ったにも関わらず、だ。児童相談所職員は、きっと思ったのだろう。もう、この父親には関わりたくない、と。

柏児童相談所は「継続指導」を選んだ

 細かな話になるが、柏児童相談所は心愛ちゃんを一時保護から親族宅に戻す際に、「継続指導」という措置をとっている。この「継続指導」とは児童相談所が行う措置の中の、唯一の「サービス」である。つまり、希望があれば、児童相談所がサービスを提供します、でも、ご希望がないなら何もしませんよ、ということができてしまうのだ。

 少なくとも、東京では、虐待による一時保護を解除し、家に戻す場合は、「児童福祉司指導」という措置をとるのが原則だ。「児童福祉司指導」とは行政処分であり、児童相談所から親に対して公文書を渡す。その文書の中には今後、児童相談所が指導をする、という内容が書かれており、親も納得してこの文書を受け取ることになる。

 この処分に不満を抱く親も、虐待する親の中にはいる。公文書を渡すことで親の児童相談所への怒りが強まる場合もある。これは私の推測だが、柏児童相談所は、父親をこれ以上怒らせたくない、攻撃されたくない、という思いから、継続指導を選んだのではないだろうか。継続指導は公文書を渡す必要がない。さらには、児童相談所は解除後、何もしなくても良いことになる。そこまで考えて継続指導にしたのであれば、あまりにも、悪い意味で計算高い。児童相談所が、保身しか考えていなかった、ということだ。

アンケートを父親に渡してしまった教育委員会

 問題点は他にもある。教育委員会が心愛ちゃんのアンケートを父親に渡してしまったのも大きな問題だ。条例違反に当たるのだが、それ以前に、アンケートを渡してしまえば、虐待が再発・エスカレートすることは、当然、予測できた。それなのに教育委員会の担当者は、「恐怖心を抱いた」という理由で渡してしまっている。つまりは教育委員会も、父親の攻撃に屈した、ということだ。自分の身を守るために、心愛ちゃんを犠牲にしたということだ。クレーム対応の知識がなさ過ぎるとしか言えない。しかしながら、学校も児童相談所と同様、親との信頼関係を維持しなくてはならないため、クレームに断固として戦う、という慣習がないのも事実だ。

 そもそも、学校、教育委員会は一時保護についてのクレームを引き受ける必要はない。一時保護の決定は、児童相談所が行っているからだ。だから対応する必要はなく、「一時保護への不満は、児童相談所に言って下さい」と門前払いができるのだ。私自身は、「一時保護に対する不満は児童相談所に言って下さい」と学校から親に伝えてもらうよう、お願いしていた。学校を守らなければ、学校は虐待通告できなくなってしまうからだ。

 そして一時保護に不満ならば、親は「行政不服審査請求」という不服申し立てができる。だから学校や児童相談所に一時保護についての不満を述べてくる親に対しては、その手続きをお勧めすれば、済むことなのだ。

全ての組織が父親の攻撃に屈してしまった

 この事件は、児童相談所も、学校も、教育委員会も、全ての組織が父親の攻撃に屈し、言いなりになってしまったために起こった事件と言えるだろう。教育委員会にも問題はあるが、子どもを虐待から守る権限は児童相談所にしかない。児童相談所は、心愛ちゃんが自宅に戻った後、3月19日に学校で心愛ちゃんに会い、手紙は父親に書かされたことを確認している。この時に、本人からの虐待の訴えがなければ、その時点での一時保護は難しいだろう。しかし、定期的に会いに行くべきだったのだ。家庭訪問もすべきだったが、親のいる場所で子どもは本心を語ることはできない。だから、学校訪問をし、虐待が再発していないかの確認をし続けるべきだったのだ。そして、もし叩かれているのなら、今度は必ずあなたを守る、絶対に家に帰さない、と心愛ちゃんに伝え続けるべきだった。

 私自身も、学校で子どもから聞き取りを続けたことは何度もある。繰り返し会いに行くのは、子どもにとって、この人は味方なんだ、守ってくれる人なんだ、ということを分かってもらうためでもある。子どもが安心して話せる相手にならない限り、子どもは虐待を告白できないからだ。児童相談所が、学校で定期的に心愛ちゃんから話を聞いていれば、必ず2度目の保護はできただろう。虐待は再発していたのだから。

 児童相談所は子どもを親の同意なく保護する権限がある。学校や保育園からいきなり子どもを保護するのだから、親が激高するのは当然だ。私も「訴えてやる」と何度も言われたし、「つきまとって人生滅茶苦茶にしてやる」と言われたこともある。親と敵対してでも子どもを守るのは児童相談所の責任だが、脅しや恫喝に恐怖心を抱くのは人間として当然ともいえる。私自身も恐怖心を抱いたことはあった。それでも、戦わなくてはならないのだが、同僚である児童福祉司、中でも経験の浅い児童福祉司が親との面談で恐怖心を抱き、本当に辞めようかと悩んでいたのも事実だ。激しい攻撃をしてくる親と「もう関わりたくない」「あの父親には二度と会いたくない」と思ってしまう児童福祉司もいた。そう思ってしまうと、子どもに会って、虐待が再発していないかの確認をすることもためらわれてしまうのだ。児童福祉司は裁量が大きい分、負担も大きい。その負担の大きさもこの事件の原因の一つと言えるだろう。

不十分だった学校と児童相談所の連携

 そして学校と児童相談所の連携が不十分だったことも大きな問題だ。夏休みや冬休み、長期休暇後の欠席は絶対に放置してはいけない。長期休暇中は虐待がエスカレートするリスクが非常に高いのだ。欠席は長期休暇中の虐待による傷、痣を隠すためかもしれないと疑わなくてはならない。長期休暇明けの欠席は

・・・ログインして読む
(残り:約5017文字/本文:約10465文字)