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国家がグローバル企業のために刑事司法を使う時代

五十嵐二葉 弁護士

1 グロ-バル時代の国家行政と司法

拡大弁護士事務所を後にするカルロス・ゴーン氏=2019年3月12日、東京都千代田区
 昨年10月のインドネシアに続いて3月10日にエチオピアで墜落事故を起こし、乗客・乗員全員の346人が死亡したボーイング737MAX8について、米連邦航空局は12日、国内では運航を停止しない方針を出した。世界の45カ国が領空の飛行禁止、11カ国が離陸禁止(ブルームバーグ 3月13日)に加えて米国内でも搭乗員の乗務拒否や乗客の搭乗取り消しが高まり、13日にはMAX9を含めて運航禁止の大統領令を出さざるを得なくなった。この「遅い米の運航停止」は「ボ社を含む航空・軍需産業とその従業員はトランプ氏の中核的な支持基盤」であり「トランプ再選の思惑」が絡んでいたとの見方がある(東京新聞3月17日付)。

 領空運航禁止国が拡大して、トランプ氏の思惑は中断されたが、グローバル企業が政権を動かし、政権者は人の生命の危険より、自らの政権基盤のための企業保護に働くことを世界の前に見せた。世界規模での問題にはならない事例なら各国で次々と起こっているのだろう。

 「経済のグローバル化が一段と進んだ現在、国家主権に拘泥するのは無理がある」(細谷雄一「サッチャー主義の限界」読売新聞3月3日付「地球を読む」)。

 国境を突き抜けて(トランス・ナショナル)地球規模で企業が利益を争奪する経済のグローバル化時代に、個別国家の枠組みのままの国内政府は国内経済を掌握するだけでは国家を維持できず、グローバル企業活動を支援・補助する動きをせざるを得ない。

 行政府のみならず、「司法国家」として行政に従属する司法権、さらには立法権までもが、国際間の企業競争のために使われる時代だ。

 アメリカが中国の巨大グローバル企業を追放するために逮捕、勾留という刑事手続きを「友好国」カナダにも使わせ、孟副会長兼CFOを移送させて自国で刑事裁判にかけようとしているのが華為技術(ファーウエイ)事件だ。孟氏の弁護人は「この国のために良いことなら何でもやる」というトランプ大統領のコメントを引き合いに、「事件の政治的背景を指摘」している(東京新聞3月7日付夕刊)。

 日本では「首相案件」として国有地の大幅値下げが問題になった森友事件の籠池夫妻が、300日の拘禁を受けての初公判で「国策捜査、国策逮捕で許せない」と述べた(3月7日付読売新聞)。しかし上田広一元東京地検特捜部長は「捜査はみんな国策だよ」と明言する(朝日新聞3月6日付夕刊「バブル崩壊をたどって」2「『国策捜査』時代が求めた」)。その国策がトランス・ナショナルの企業のために働く時代なのだ。

 そして国策刑事手続きの手段として「司法取引」が使われる。

 ファーウエイ事件でアメリカの意を受けて逮捕・勾留制度を使ったカナダのトルドー首相は、一方で大手建設会社SNCラバランの贈賄事件で「司法取引で不起訴に持ち込むよう」司法省検事総長に働きかけた疑惑にさらされている(東京新聞3月14日付)。

 日本では司法取引2号として華々しく広報されて始まった前会長のカルロス・ゴーン氏の事件では、奇妙なことが起こっている。「有価証券報告書の虚偽記載」を決めたのは起訴されたゴーン、ケリー両氏に西川社長を加えた3人だったと報道されているが、西川氏のみは起訴されていない上、司法取引のsnitch=密告者(日本の司法取引法・刑訴法350条の2での名称は「被疑者又は被告人」)ともされていない。そして奇妙なことに「特捜部は、前会長らを起訴した現段階に至っても、公判前の『訴訟に関する書類』の公開を禁じる刑事訴訟法47条を根拠に、報酬の一部を退任後の受領にして隠していたという基本的な容疑の中身さえ説明していない。司法取引を適用したことも認めていない」(朝日新聞18年12月11日付)と報道された。

 「虚偽記載」で司法取引の「本人」として罪で起訴された上で刑の減免を受ける位置にある西川氏を、そう明示しないためには、司法取引事件の形を外すほかない、ということなのだろうか。

 企業や経営者の不正が企業内部の中からの司法取引で明るみに出て正されるなら、株主や一般消費者にとっては良いことかもしれない。しかし企業内のある派閥が、自らの勢力の維持・拡大あるいは反対派の追い落としのために司法取引を使うのが「日本版司法取引」であるなら、企業内部は、密告の早い者勝ちの場になるだろう。

 また、どの密告を取り上げるのかに、検察の選択が働き、それが政治権力と関係するならば、企業と政権者の関係は、ますます金権的にならざるを得ないし、検察作用は政権者の道具となり下がることになる。そして最終的に裁判所も検察に追随するならば、企業内の不祥事件であっても真相を隠したまま、政権者の考える国策に沿った司法判断で終わる結果になる。

 グローバル企業時代には、外国に対抗する国家戦略のために、この国家内作用はさらに統一されていくことだろう。

 密告による冤(えん)罪という古来の危惧だけでなく、さらに大きな危惧が司法取引という手続きに懸念される時代だ。

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筆者

五十嵐二葉

五十嵐二葉(いがらし・ふたば) 弁護士

1932年生まれ。68年弁護士登録。山梨学院大学大学院法務研究科専任教授などを歴任。著書に「刑事訴訟法を実践する」など。

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