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イチローはなぜ、大リーグで活躍できたのか?

選手、指導者、審判、そして観客の視点からたどる「イチロー論」

鈴村裕輔 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

現役最後の試合の後、場内を一周し、ファンの歓声にこたえるマリナーズのイチロー選手=2019年3月21日、東京ドーム拡大現役最後の試合の後、場内を一周し、ファンの歓声にこたえるマリナーズのイチロー選手=2019年3月21日、東京ドーム

ついにやってきたイチローの引退

 始まりのあるものには、終わりがある。

 「最低50歳まで現役を」と公言していたイチローだが、体力、技術の衰え、さらにトレーニングや動作解析の方法の進歩などによる投手の急速の向上、スイングスピードと打球の角度を重視する「フライボール革命」の登場など、自分自身と周囲の状況の変化により、ついに現役の引退することになった。

 しかし、日本のプロ野球での7年連続首位打者や、大リーグでの年間最多安打262本など、日米の球界に大きな足跡を残したイチロー選手の価値は揺るがない。今後、たとえ「イチロー2世」と呼ばれる選手が現れても、否、現れればなおさら、イチローという選手の存在感はますます高まるであろう。

 そもそもイチロー選手の価値はどこにあるのか? 彼は大リーグで何を実現し、周囲からどのように評価されたのか? そして何を残したか? 大リーグが見た「イチロー」を振り返ってみたい。

「彼でも打てないときがあるんだな」

会見で引退を表明したイチロー選手=2019年3月22日午前、東京都文京区拡大会見で引退を表明したイチロー選手=2019年3月22日午前、東京都文京区
 イチロー選手のことを考えるときにしばしば思い出す、忘れられない光景がある。

 2005年6月14日、シアトル・マリナーズの本拠地セーフコ・フィールド(現T-モバイル・パーク)では、フィラデルフィア・フィリーズを迎えて交流戦が行われていた。

 試合を取材していた筆者がマリナーズの打撃練習中、フィリーズのダッグアウトの前を通り過ぎると、一人の選手に呼び止められた。声の主は、当時フィラデルフィア・フィリーズに在籍していた二塁手のチェイス・アトリー選手だった。

 大リーグに昇格して3年目の26歳の彼は、マリナーズの打者たちが練習する姿をダッグアウトから熱心に眺めていた。そして、「この前のイチローの打撃はどうだった?」と私に尋ねたのである。

 1日前の試合で5打数無安打だったと告げると、アトリー選手は信じられないという表情をしながら、「彼でも打てないときがあるんだな」とつぶやいた。この何気ない一言に誘われて、筆者が打撃練習を眺めている理由を尋ねると、アトリー選手は次のように答えた。

 「自分自身の打撃だけではなく、相手球団の打撃も気になる。特に、同じ二塁手の打撃には自然と目が向く。遠征先でミーティングが早く終わったときなどは、対戦相手の打撃練習を見る絶好の機会なので、できるかぎりグランドに行くようにしている。ミーティングで『好調だから注意しよう』と指摘された選手は、特に気になる。もしかしたら、自分の打撃を向上させる手がかりがあるかもしれないから」

 守備力と長打力を兼ね備え、評論家から「フィリーズの二塁は10年は安泰」とまで言われたアトリー選手が、イチロー選手のどこを見ていたのか。

 「あの打撃練習を見ているだけで勉強になる。一回として無駄に打っていないし、自分の番が回ってくるたびに色々な打ち方を試している」

 選手生活の後半は故障に苦しんだが、アトリー選手は2000年代の大リーグを代表する二塁手として活躍した。そのアトリー選手にとって、長打力より打撃術に定評のあったイチロー選手は、目の前にいる、優れた打撃の手本の一人だった。

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筆者

鈴村裕輔

鈴村裕輔(すずむら・ゆうすけ) 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

1976年、東京生まれ。法政大学国際日本学研究所客員学術研究員。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士課程修了・博士(学術)。専門は比較文化。主著に『メジャーリーガーが使いきれないほどの給料をもらえるのはなぜか?』(アスペクト 2008年)、『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社 2005年)がある。日刊ゲンダイで「メジャーリーグ通信」、大修館書店発行『体育科教育』で「スポーツの今を知るために」を連載中。野球文化學會会長、アメリカ野球愛好会副代表、アメリカ野球学会会員。