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政府の法科大学院・司法試験改革法案、何が問題か

須網隆夫 早稲田大学法科大学院教授

福岡大法科大学院の授業=福岡市城南区

日本の法律家養成教育

 今国会には、日本の法曹養成教育の在り方を大きく変える法案が上程されている。「法曹」とは、弁護士・裁判官・検察官という実務法律家の総称であるところ、法曹の養成は、2004年以来、各大学の法科大学院が主に担っており、医学部と同様、法科大学院を卒業した者だけが、司法試験を受験することができる。上程された法案には幾つかのポイントがある。第一は、法科大学院と法学部との連携強化による教育期間の短縮である。法学部に、法科大学院教育への円滑な接続を目的とした特別のコース(「法曹コース」)を設置するとともに、その教育期間を3年として1年短縮し、法科大学院の2年コースと結合させ、教育を5年間で完成する。第二は、司法試験の受験資格の変更であり、法科大学院の卒業を要件とせずに、最終学年の途中での司法試験受験が可能となる。第三は、法科大学院のバイパスである司法試験予備試験への選択科目の導入である。

 法科大学院は比較的新しい制度である。それ以前は、法曹になるためには司法試験の合格だけが必要であり、司法試験の受験には大学を卒業する必要もなかった。それでは、なぜその制度が今変更されようとしているのであろうか。

ペーパー試験の限界

 日本において司法試験は、長らく最難関の国家試験であった。合格率は数パーセントに過ぎず、そのため、法律家になろうとする者は、短くて2~3年、長ければ10年以上にも及ぶ先の見えない受験生活を送るのが普通であった。少子化の今日、各産業が優秀な若年者の確保に苦労していることを思えば、信じられないくらい人材を社会的に浪費する制度であった。少子化が問題になり始める90年代末には、そのような制度への批判が強くなる。そのきっかけは、多くの受験生が司法試験予備校に通う中、特に論文試験の答案に有意な差がつけにくくなったからである。試験信仰の強い日本ではあるが、この時点では、ペーパー試験で計れる能力には限界があるという認識が法曹三者に広く共有され、そこから一発試験による選抜ではなく、法曹に必要な専門職教育を受けたことを重視すべきであるとの意見が一般化し、そこから法科大学院制度が生まれる。「点としての司法試験から、プロセスとしての法曹養成教育へ」という変化である。

法科大学院の困難

 2004年に始まった法科大学院教育は順調に滑り出し、学生の充実した予習を前提とする、学生と教員間の双方向的な授業、社会の現実に根差して新たな法理論・実務を考える臨床法学教育等、多くの試みがなされ、日本の法学教育に新たな風を吹き込んだ。しかし、間もなく状況は一変する。すなわち、当初は7~8割に達すると予想された司法試験合格率が、それを大きく下回る程度に低く設定されたこと、弁護士人口の拡大による競争激化を恐れた弁護士会が、弁護士への需要がないと積極的にキャンペーンを始めたことなどを原因として、法科大学院志願者数の減少が始まる。学生のマインドが司法試験重視に転換する中で、司法試験問題の学生への漏洩などの不祥事も発生し、志願者数の減少と法科大学院の募集停止が繰り返されるという負のスパイラルに制度は陥っていく。

 そのような状況に拍車をかけたのが、2011年から実施されている司法試験予備試験である。予備試験は、法科大学院に進学する資力と時間のない者に、法曹への道を開くために残された例外的制度であり、合格すれば、法科大学院終了相当と認定され、司法試験を受験できる。しかし、制度趣旨と異なり、受験資格が制限されなかったために、実際に受験し、合格する者の大半は、現役の法学部生・法科大学院生であり、大手法律事務所に就職するエリートコースとみられている。一部の法科大学院では、相当数の学生が予備試験合格者として司法試験を受験し、合格すると法科大学院を退学していくという現象が生じている。実は、提案理由には書かれていないが、今回の法案は、この予備試験を強く意識したものである。

予備試験対応としての変更

 要するに、今回の制度変更の主眼は、名目はともかく、予備試験から法科大学院に優秀な学生を呼び戻すことにある。予備試験は、受験資格への制限がないので、大学を卒業する必要すらなく誰でも受験できるペーパー試験である。このような予備試験と法科大学院との競争条件の平準化は、原理的に不可能である。法科大学院の学費が無料になることはあり得ないし、

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