2019年04月11日
南海トラフ沿いの震源域では、過去に繰り返し地震が起こってきた。過去3回の地震では、1944年東南海地震の2年後に南海地震が、1854年安政東海地震の32時間後に南海地震が発生し、1707年宝永地震ではすべての震源域がほぼ同時に破壊した。このため、震源域の約半分で地震が発生した場合、「半割れ」の被災地では甚大な被害が発生する一方、残りの震源域ではいずれ発生する地震に対し切迫した状況になると考えられる。
一方、2011年東北地方太平洋沖地震では、2日前にM7.3の前震が発生しており、M7クラスの地震が震源域内で発生したり、東海地震の直前予知の前提としていた異常なすべりが観測されたりすれば、地震発生の可能性が高まったと判断される可能性がある。
現状の科学の力では、南海トラフ地震の発生を高い確度で予測するのは困難である。一方で、観測網の充実で、震源域での異常な現象が観測されやすくなっているため、通常よりも地震発生可能性が高まっているとの情報は提示されやすい。そこで、この情報を最大限活用し、的確な防災行動を行うことで、いつ起きるか分からない地震に対し、日常生活・企業活動への影響を減らしつつ命を守る方策が必要となる。
3月29日に内閣府(防災担当)から「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン【第1版】」が公表された。これは、昨年12月に、中央防災会議の作業部会「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応ワーキンググループ」がとりまとめた方針を具体的に記した手順書であり、今後、地方自治体や企業が防災計画を策定する際に参考にできる。タイトルに第1版と明記されているように、徐々に改善していこうとする意欲が感じられる点は評価できる。
ガイドラインには、「南海トラフ地震関連臨時情報」が発表された場合に「南海トラフ地震防災対策推進地域」にある地方公共団体、指定公共機関、特定の企業等が、「実施すべき防災対応について、検討の際に参考とすべき事項」がまとめられている。本来、地震対策の基本は、突発的な地震発生に備えることにあるのは当然だが、不確かな情報ではあるものの、臨時情報が発表されたときに、通常より警戒レベルを高めることなどで、少しでも被害を減らすことを目指している。今月から対象自治体への説明を始め、自治体や企業は今年度末をめどに、ガイドラインを踏まえた防災計画の見直しを図り、来年度のしかるべき時期から運用を開始する。
ガイドラインは3編で構成されており、第1編「共通編」には、臨時情報の位置づけや情報発表時の基本的な対応の考え方や、国が発表する情報の流れが記述されている。第2編「住民編」には、地方公共団体が住民の避難対応などについて検討する手順等が記述されている。 第3編「企業編」には、指定公共機関、特定企業等の検討手順等が記述されている。この企業編については、一般の企業等でも、防災対応の検討に活用されることが望まれる。今後、このガイドラインを参考に、被災都府県でも市町村・企業・住民向けにより具体的なガイドラインなどが作られていくと見込まれる。
南海トラフ地震対策は、「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(南海トラフ特措法)等に基づき、最大規模の地震・津波が突発的に発生することを想定して、ハード対策とソフト対策を組み合わせて行われている。この法律で定められているのが南海トラフ地震防災対策推進地域(推進地域)と南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域(特別強化地域)である。推進地域は、最大クラスの南海トラフ地震が発生した時に、震度6弱以上になる地域と津波高3m以上で海岸堤防が低い地域が対象となっている。また、特別強化地域は、30cm以上の浸水が地震発生後30分以内に生じる地域が対象になっている。
南海トラフ特措法に基づいて、中央防災会議は「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」(基本計画)を、指定行政機関や指定公共機関、推進地域内の都府県及び市町村防災会議は「南海トラフ地震防災対策推進計画」(推進計画)を、特別強化地域内の市町村長は「津波避難対策緊急事業計画」を、病院、劇場、百貨店、旅館等不特定多数の者が利用する施設などの管理者・運営者などは「南海トラフ地震防災対策計画」(対策計画)を策定することが義務付けられている。
一昨年、中央防災会議の作業部会「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」が、大規模地震対策特別措置法(大震法)が前提としていた直前予知について、「警戒宣言が前提とする確度の高い予測は困難」と判断した。これを受け、一昨年の11月より、気象庁が「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」(評価検討会)を設置し、「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになった。情報には、「臨時」と「定例」があり、「臨時」情報は南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合などに発表される。これに伴い、直前予知を前提にした警戒宣言発令は事実上凍結された。
ガイドラインの公表に合わせて、同日に気象庁から、「南海トラフ地震に関連する情報の名称について」が発表された。情報の名称には「南海トラフ地震臨時情報」と「南海トラフ地震関連解説情報」の2種類がある。「南海トラフ地震臨時情報」は、南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、大規模地震と関連するかどうか調査を開始した場合、調査を継続している場合、調査結果を発表する場合に示される。また、「南海トラフ地震関連解説情報」は、調査結果を発表した後に状況等を発表する場合と評価検討会の定例会合の調査結果を発表する場合に示される。
「南海トラフ地震臨時情報」は、キーワードを情報名に付記することになった。「臨時情報(調査中)」、「臨時情報(巨大地震警戒)」、「臨時情報(巨大地震注意)」、「臨時情報(調査終了)」の4種類である。「調査中」は調査を開始した場合または調査を継続している場合、「巨大地震警戒」は「半割れ」に相当すると評価した場合、「巨大地震注意」は「一部割れ」か「ゆっくりすべり」に相当すると評価した場合、「調査終了」は巨大地震警戒、巨大地震注意のいずれにも当てはまらないと評価した場合に発表される。
気象庁は、南海トラフの想定震源域及びその周辺でM6.8程度以上の地震が発生したり、プレート境界面で通常とは異なるゆっくりすべり等を観測したりした際に、「臨時情報(調査中)」を発表し、評価検討会を開催する。Mはモーメントマグニチュードで定義される。
「半割れ」は、想定される南海トラフ震源域のプレート境界でM8.0 以上の地震が発生した場合とされた。また、「一部割れ」は、想定震源域のプレート境界で M7.0 以上、M8.0未満の地震が発生した場合と、想定震源域のプレート境界以外や海溝軸外側 50km 程度までの範囲で M7.0 以上の地震が発生した場合、「ゆっくりすべり」は、短い期間にプレート境界の固着状態が明らかに変化しているようなゆっくりすべりを観測した場合である。
ちなみに、
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