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嶋浩一郎さんと語る愛される本屋とラジオのすごさ

「便利」だけど「愛」がない……そんな時代にワクワクするものとは

千倉真理 千倉書房編集担当役員 「ミスDJリクエストパレード」担当

本屋の今と未来、ラジオのこと……。話が弾む嶋浩一郎さん(左)と千倉真理さん本屋の今と未来、ラジオのこと……。話が弾む嶋浩一郎さん(左)と千倉真理さん

 私(千倉真理)が、いま気になっている人に会いに行って根掘り葉掘り聞いちゃう「ミスDJ・千倉真理 あの人に会いに行く」がスタートします。今回、会いに行ったのは、クリエイティブディレクターで様々な企業広報を手がけている嶋浩一郎さん。嶋さんは本屋大賞の立ち上げにかかわるなど本が好きで、東京・下北沢でビールの飲める本屋「B&B」も開業されています。出版社で絵本をつくっている私にとっても気になる本のこと、本屋の未来、さらに私がDJをしているラジオのことにまで、話が広がりました。(構成 論座編集長・吉田貴文)

嶋浩一郎(しま・こういちろう)博報堂ケトル代表取締役社長・クリエイティブディレクター
93年博報堂入社。企業の広報活動に携わる。04年本屋大賞の立ち上げに参画。06年既存の手法にとらわれないクリエイティブエージェンシー博報堂ケトル発足。12年、内沼晋太郎と東京下北沢に本屋B&B開業。著書「アイデアはあさっての方向からやってくる」など

平成から令和へ。

千倉 新しい元号の「令和」が4月1日に発表されました。平成がいよいよ幕を下ろしますね。

 万葉集からとった名前ですよね。万葉集は多様性を感じさせる古典だと思っていたので、僕は好感を持ちました。

千倉 私は息子の名前が「玲央」なので、あ、似てる!と単純に思いました。私にとって平成とは、災害や人災はありましたが、日本にとって戦争のない穏やかな時代だという印象です。嶋さんにとって平成とはどういう時代でしたか?

平成は「損をしたくない」時代

嶋浩一郎さん嶋浩一郎さん
 平成とはまず「ネットの時代」「デジタルの時代」だと思います。そして、デジタル化と関係すると思うのですが、やたらと「効率化」が進んだ時代だったとも感じます。損をしたくない、無駄なことをしたくない、と思う人が増えた。

 僕がやっている本屋においても、「アイデアが湧く本が欲しい」とか「泣ける本が欲しい」など、コンテンツに触れる前から効果効能を決めて読書をする人がかなり増えた印象があります。別の言い方をすれば、自分では試さない、他人の「集合知」をあてにするんですね。本でも映画でも、自分で選ばす、たとえばネット上の評価などの「集合知」で判断する。

千倉 私は千倉書房で絵本をつくっていて、関わった本にはどれも自信があるのですが、やはり記事にとりあげられるとか、ネットで話題になったりしないと、手にとられないまま返品されてしまうことが少なくないです。残念ですが……。

 要は、無駄をしたくない、コスパ重視なんです。でも、僕はそれってもったいないと思ってしまうこともある。だから、自分で本屋をつくったときは、ムダなものと出会える場所にしようと考えた。僕は、ムダなものこそ、役にたつと思っているんです。

千倉 ムダなものが役にたつというのは、わかるような気がします。評価が定まったものには、驚きがないですから。本をつくる立場からも、売れ筋ばかりを気にすると、新しいものをつくっているワクワク感がない。

 分類されないものが好きなんですよ。まだ人が目をつけてないところに、面白いことがあるんじゃないかなって。企画のアイデアは一見関係ないところから生まれてくる。イノベーションも最初はみんな辺境からくるじゃないですか。

イベント、ビールで楽しく本選び

千倉真理さん
千倉 嶋さんが東京・下北沢でやられている本屋「B&B」は、ムダとも出会える本屋さんですか。

 ムダになるかもしれないけど、いつか役に立つかも。そんな情報が集まっているのが、本屋の「役割」だと思っています。コスパ的な感覚でコンテンツを事前にチェックして買うより、買ってみたら楽しかったという感覚を大切にしたいと思っています。

千倉 B&Bが開店したときは感動しました。ネットの時代に「町の本屋をやる」って、カッコいいなって思いましたし、場所がうちから近い下北沢っていうのもうれしくて、最初からファンになりました。イベントをやったり、ビールを売ったり、よくやっておられますね。

 経営面からいうと本屋はつらい。書籍販売の利益率22%は他の小売店と比べて圧倒的に少ない。でも、やりようはある。それで、ビールを売ったり、イベントをやったりしているんです。もちろん本屋は飲食店ではないし、イベントスペースでもない。でも、ビールを飲みながらのほうが楽しく本を選べるし、著者を呼んだイベントをしたらその本を買いたくなるでしょ。新刊書を買う動機付けになるなら、新刊書店ができることは何でもやろうと。

千倉 今では、カフェを併設する本屋も増えましたが、始められたときは大変なこともあったのではないですか。

 最初の1、2年は、他の本屋さんから来ていただいた書店員さんから、毎日イベントで大変、どうしてビールサーバーの点検や保守をやらないといけないのですかというハレーションはありました。でも、これをやると新刊書が売れるのを見て、納得してもらえるように。

千倉 先日、六本木にオープンした「文喫」を見に行ったんです。あそこも、飲んだり、食べたりしながら、本を選べる。けっこう若い人が入っていてビックリしました。

 そうですね。

「ラジオは銀座のママ」理論

嶋浩一郎さん
千倉 書店は、本の置き方次第で世界が違って見えると、ご本で書かれています。ちょっと飛躍しますが、私はいまラジオで、80年代に流行った「ミスDJ」の“復活版”をやっているのですが、音楽もかけ方によって聞こえ方がかわるみたいです。初めにかけるか、途中でかけるか、リクエストした曲が違って聞こえる。

 そうだと思います。ラジオは特別ですよね。僕は「ラジオは銀座のママ理論」って言っていて。

千倉 えっ。

 不特定多数の人に向けて発信しているのに、聞いている人は自分のためだけに流れていると思う。伊集院光さんや中島みゆきさんは、自分のためにだけしゃべっているって勝手に思う。銀座のお店に通う人がみな、「ママは俺のことが好き」と思っているのと同じ。

千倉 確かにリクエストを読んでいるときは、その人に向けてしゃべっていますね。夜の放送だった80年代は、さらにそんな感じでした。曲が替わると、次はそれをリクエストしてくれた人に向けて話すわけですが(笑)。

千倉真理さん
 今は昼間の放送ですが、やはりリクエストを読んでいるときは、その人だけにしゃべりかけています。一対一でやっている感覚です。復活番組なのでリスナーさんと懐かしい曲を聴きながら30年前に一緒にもどれるイメージです。

 ラジオは二人称単数形。テレビは皆さんだけど、ラジオはあなた。中島みゆきさんがはがき読むと、「あなた、大変ね」となる。

千倉 たしかにそう。「あなた」になりますね。

 それってすごいことですよ。この間、「オールナイトニッポン」の特集を雑誌で作ったんですが、中島みゆきさんは午前4時、天気予報を局アナに読ませず、自分で読んでいたんです。「これから寒くなるよね」なんて言われると、聞いてる側は「やっべー、同じ時間に生きている」と思う。

千倉 一対一の関係になるのでしょうね。

欲しい本が必ずある本棚の作り方

 本屋に話を戻すと、京都の本屋・誠光社の堀部篤史さん、かつて恵文社一乗寺店の店長で現在は独立して誠光社という書店を経営されていますが、欲しい本が必ず待っているという本棚をつくる方なんです。彼にどうやったらそんな本棚ができるのか、勉強しにいったことがあります。

嶋浩一郎さん
 彼によると、一人の本好きが本棚をつくると、かっこいい本棚はできるけど売れない。堀部さん時代の恵文社では、担当の5人がすべての棚をいじっていいことになっていて、朝、誰かが棚をつくると、昼間、別の人いじるんだそうです。そうすると、多くの人にとって欲しい本が並ぶ本棚ができるのです。銀座のママ理論じゃないですが、「この本棚は俺のためにある」と思える。

千倉 自分のための本棚があると思えると、足を運びますよね。ただ、今は本屋に足を運んでもらうのが大変ではないですか。ネットでなんでも買える時代ですから。

意外な出会いがあるからラブになる

 ある経済学者の本に「convenient(便利)はlove(愛)にはならない」と書いてありました。欲しい本が決まっているとき、アマゾンは便利です。でも、リアルな本屋には、買うつもりのなかった本を買うところに強みがある。人間って自分が何を望んでいるのかすべての欲望は言語化できないんです。それが本屋にいくことで言語化される。潜在的な欲望、自分の好奇心が発見できるんです。

 人はすでに言語化できている欲望へのサービスにはあまり感謝しない。でも、潜在的な欲望に答えてくれる人にはめちゃくちゃ感謝する。だから、そこにいくと、それまで知らなかった自分の好きが見つかるという本屋は、便利とは言えないけれど、愛されます。

千倉真理さん
千倉 意外な出会いがあるから、ラブになるわけですね。

 「食べログ」はもちろん便利で僕も利用しますけど、数字だけで判断するのはちょっと勿体無い。自分の感覚でこの店のおっちゃんはおもしろいなみたいな判断も大事ですよね。

 脱線しますが、うちの会社で新人研修をしたとき、「今日は大変な授業だったので、俺の好きな店にいくわ」と言ったんです。そうしたら、新入社員の一人が手を挙げて、「嶋さんがいわれた店はサイトで3.0点なんですけど、大丈夫ですか」と。人の感覚より集合知で判断しちゃうんですよね。

千倉 嶋さんの好みより、ネットの評価なんですね(笑)。「集合知」信仰。一般的な評価が定まったものを選ぶ。失敗したくないという思いが透けてみえますね。

多様な物差しを持って

嶋浩一郎さん
 口コミサイトが悪いというつもりはないです。言いたいのは、不特定多数の平均点である集合知の物差しと、嶋さんの好きな店という物差しと、物差しはいっぱいあったほうがいいということ。友だちに聞く、自分の嗅覚だより、ミシュランガイド、ぐるなび、食べログ……。多様な物差しを使いこなしてほしいと。

千倉 多様さ、ダイバーシティーという言葉を平成の30年間によく耳にするようになりました。LGBTなどでは、若い人たちは随分と多様になったと思いますが。

 さらに物差しのダイバーシティーがあればいいなと思っています。このご時世になぜ雑誌をつくったり、本屋をやったりしているのかと問われると、根本的には多様な物差しを提供したいと感じているからです。

 ネットだと、いわゆる「フィルターバブル」的に自分の好きな意見ばかりで集まってしまい、相対的にその意見がどう位置づけされているかが分からない。物差しが一つになるんです。たとえると、木だけを見て、森が見られなくなっている。本屋はまず森が見えてから、木が選べると思っていて。

千倉真理さん
千倉 いまネットに触れられましたが、たとえば論座もそうですが、ネットサイトではPVが大きな物差しになっています。

 PVだけを求めると、情報がスライスされてしまうんですね。ウエブは情報の流動性が高いほうが便利なので、あらゆる記事をスライスする。ヤフーニュースやグノシーやスマートニュースが典型的ですが、たとえば時事通信の記事の下に読売新聞の記事があり、その下の小学館の記事があるということが普通に起こりうる。そこではもともと各媒体が持っていた「世界観」が喪失してしまう。

 雑誌だと、たとえば『ブルータス』の「とんかつ」特集で一つの記事を取り出して読んでも意味は通じるけど、特集としてパッケージで読むと、雑誌の持つ「世界観」が分かっておもしろい。ネットだと、ひとつの記事ごとにPVで評価されるので、全体を通じての「世界観」が浮かんでこない。

 広告マーケティングの話をすると、企業やブランドは実は「世界観」がほしいわけです。たとえば『VERY』という雑誌が持つ世界観の中で、自社の商品が取り上げられるとうれしい。広告主は実際は広告を掲出する雑誌のページを買っているのですが、同時に『VERY』の世界観も買っている。

千倉 世界観を大切にする企業は、ネットには広告を出さなくなるのではないですか。

 世界観のあるネットメディアを欲している企業は多いと思います。

令和は本屋とネットがインテグレート

千倉 昭和から平成に替わったとき、私は20代でしたが、何かが大きく変わるという意識はありませんでした。けれど、あれから30年が過ぎてみると、平成と昭和とでは社会がかなり変わった。嶋さんは平成とはネットの時代だと言われた。そこで、本屋のかたちも変わった。効率化を求める風潮もあって、リアルな本屋に行くよりネットで本を買うという流れが強まった。その習いでいえば、令和には本屋もさらに変わる気がします。

嶋浩一郎さん
 僕はB&Bがネット書店に負ける日がくると思う。でも、それはそれでウエルカムなんです。今は本屋のほうが好奇心をくすぐられる。それは、本屋が与える情報量がとてつもなく大きいからです。本屋を5、6分間、歩くだけであらゆるジャンルのキーワードが入る。映画、経済、歴史、ガーデニング、スポーツと。だからこそ、潜在的欲求が言語化される体験が生まれる。ネットを5、6分眺めても、ひとつのことは掘り下げられるけど、世界を網羅的にみることは不可能です。

 でも、テクノロジーは進化する。今は本屋でしかできない体験をネットでもできるようになる可能性はあるし、そのほうが素敵だとも思うわけです。車がコネクテットカーになり、家がスマートホームになり、すべてが情報端末化していく時代には、情報との接点がどんどん増えて、そこに新たなサービスやビジネスが生まれる。

 たとえばスマートホームの鏡が情報端末になったらどうでしょう。化粧品会社はそこに「肌チェック機能」をつけ、サービスを売ろうと考えるかもしれない。このように生活のデジタル化が進み、私たちのデジタルの体験が一段と進化する。そんななかで、従来のネットではできなかったアトランダムな情報との出会いも可能になるのではないでしょうか。

千倉 本屋にいかなくても、そういう体験ができる。令和は本屋とネットがインテグレートする時代、と。

 本屋をやっていると、「嶋さんは紙のファンで」とよくいわれる。たしかに本は大好きですが、デジタルも紙も両方好きなんです。新しいウエブサービスを開発するスタートアップの人たちが、B&Bで本を選べるような体験をデジタル上でできるようなサービスを開発してくれたらそれはそれで応援したい。

 ラジオだってそうじゃないですか。ネット上でラジオが聴ける「ラジコ」ってすごいと思いませんか。最近は千倉さんの番組のリスナーもラジコで聴いているのですか。

千倉 多いです。音もいいし、ラジコには感謝しています。昔、地方で雑音の中でダイヤルを合わせてくださっていたリスナーさんも、ラジコありがたいって言ってます。これもデジタルが発展したからですね。ラジオでもラジコでも、リスナーさんの潜在的な欲望や好奇心に触れる、love(愛)にあふれる番組を作っていきたいです。今日のお話、とても刺激になりました。ありがとうございました。

嶋浩一郎さん(右)と千倉真理さん嶋浩一郎さん(右)と千倉真理さん

(撮影:吉永考宏)