新聞凋落、マスコミ不信、安倍政権長期化。その中で起きている「望月現象」を追う
2019年04月25日
新聞記者の存在が近年これほど注目を集めたことがあっただろうか。
毎週末のように開かれる講演会は政治家をしのぐ盛況ぶり。著書の『新聞記者』は版を重ね、ついには同名の映画が制作されて今年6月に劇場公開されるまでになった。
いわずと知れた東京(中日)新聞社会部の望月衣塑子記者のことである。
2年ほど前の2017年6月に菅義偉・官房長官の記者会見場に姿を現し、報道各社の政治部記者に囲まれる中で臆することなく舌鋒鋭く追及する姿勢は「反安倍」層を中心に支持を集めている。
一方、首相官邸は質問内容を「事実誤認だ」として、これまで9回も東京新聞に申し入れ、質問の回数を制限したり、質問途中で司会がせかしたりするなど異例の対応を続けてきた。これに対して、東京新聞は特集紙面を掲載するなどして反論した。
新聞産業の凋落、そして既存のマスメディアへの不信の広がりという逆風下と、長期化する安倍政権下で起きている「望月現象」。応援団も批判派も誰もが話題にしたくなる「望月質問」とは何か。まずは「事実誤認」とされた質問の内容について調べてみた。
晴れ間が広がる4月13日の昼下がり。土曜日ということもあってJR横浜駅構内は、大勢の買い物客でごった返していた。人波にはき出されるように高島屋の構える西口を目指した。地上に続く階段を上りきると、路上に置かれたモニターに映った男の顔が飛び込んできた。
不機嫌な表情を露骨に浮かべているのは、自民党内で「ポスト安倍」を巡る有力候補として急浮上している内閣官房長官の菅義偉氏だ。
モニターに張られたチラシには「頑張る記者さんを応援! 知る権利を守ろう」との文字が印刷されている。映し出されているのは、首相官邸で平日の午前と午後、1日に計2回行われている官房長官の記者会見の様子だ。質問しているのは、もちろん、東京新聞の望月衣塑子記者だ。甲高い特徴的な声ですぐに分かった。
2018年12月14日。沖縄県名護市辺野古で防衛省が進める米軍新基地建設工事のために土砂が投入されると、海面には赤茶色の濁りが広がっていった。本来、埋め立て用に使用するはずの岩ずりは黒っぽい。
このため、沖縄県では赤土の大量混入を疑う声がすぐに上がった。粘土性の赤土は、水に溶けるとヘドロ状になり、サンゴなどの生育環境に悪い影響を及ぼす恐れがある。
望月記者はこの疑問を記者会見で菅長官にぶつけた。
望月衣塑子記者 沖縄・辺野古についてお聞きします。民間業者の仕様書には沖縄産の黒石岩ずりとあるのに、埋め立ての現場では今赤土が広がっております
(上村秀紀・官邸報道室長(司会) 質問、簡潔にお願いします)
望月記者 琉球セメントは県の調査を拒否してまして防衛省、沖縄防衛局は実態把握できていないとしております。埋め立てが適法に進んでいるか確認ができておりません。
(上村室長 結論、お願いします)
望月記者 これ、政府としてどう対処するおつもりなんでしょうか。
菅義偉官房長官 法的に基づいてしっかり行っております。
上村室長 この後日程がありますので次の質問、最後でお願いします。
望月記者 関連で、適法かどうかの確認をしてないということを聞いてるんですね。粘分を含む赤土の可能性が……。
(上村室長 質問、簡潔にお願いします)
望月記者 ……これ、指摘されているにもかかわらず、発注者のこの国が事実確認をしないのは、これ、行政の不作為に当たるのではないでしょうか。
菅長官 そんなことありません
望月記者 それであれば、じゃあ、政府としてですね、防衛局にしっかり確認をさせ、仮に赤土の割合が高いのなら……。
(上村室長 質問、簡潔にお願いします)
望月記者 ……改めさせる必要があるんじゃないですか。
菅長官 今答えたとおりです。
望月記者が菅長官から質問を指名されるのは常に最後で、しかも本来、官房長官の記者会見は他の大臣会見と異なり、回数制限はないとされているのに2問と限られる。いつもの光景らしい。
質問時間は約1分。文字にすると、二つの質問を合わせても330字ほどの質問の途中、上村報道室長はそれぞれ2回も割り込んでせかした。さらに2日後の12月28日に官邸は、「事実誤認だ」として、望月記者が所属する東京新聞の編集局長宛に抗議する申し入れと、記者会見を主催する内閣記者会には「問題意識の共有」を求めたというのである。
「頑張る記者さん応援パブリックビューイング」と名付けられたこの企画は、こうした記者個人を狙い撃ちにした政府による報道への圧力に危機感を抱いた武井由起子弁護士が、菅長官が市議として政治家人生を歩み始めた横浜市から抗議の声を上げようと呼びかけたという。市民だけでなく、現役の記者たちも次々にマイクを握った。
「官房長官会見は今までは質問制限もなく、政府に対して疑問が出た時にはどんなことでも聞けた。いまは政府に不都合な質問を、煩わしいということで制限している。一つは質問の順番を後回しにする。二つ目は記者の質問の数を1、2問に制限する。しかも質問をしている最中に繰り返し妨害する行為もある。極めつけは、質問は事実誤認だというレッテル貼りをして排除しようとした。黒を白と政府の都合で記者の質問にまで(政府の)違った見解を当てはめようとする。こんなことを許してしまっては大本営発表が横行した不幸な歴史を繰り返してしまう」
そう訴えたのは、南彰・日本新聞労働組合連合(新聞労連)委員長だ。南委員長は朝日新聞政治部出身。2018年9月、委員長に就任するまでは望月記者とともに記者会見で、安倍政権を大きく揺さぶった森友・加計学園問題などを追及した記者の一人だった。
この日は、大阪日日新聞の相澤冬樹論説委員も駆けつけた。NHK記者時代に森友学園問題でスクープを出したが、直後に内勤部門に異動となって18年8月に退社し、翌9月、放送記者から新聞記者になった人物だ。
相澤氏は「NHKにいられなくなった時に手を差し伸べてくれたのが望月記者と南記者だった。私が置かれた状況に共感してくれたからだと感謝している。私もいま望月記者に共感を示して応援したい。望月記者の質問の仕方には官邸クラブの他の記者もほとんどが批判的だと思う。しかし、取材させない、質問させないということはけしからんことなのだという1点では共有してほしい」と述べた。
武井弁護士は「頑張っている記者さんたちを私たち市民が応援することは、私たちの自由や民主主義、平和や生活を守ることにつながるのだと思う」と語った。
市民や記者たちまでも街頭での行動に駆り立てた、望月記者に対する質問制限問題だが、官邸と東京新聞の間でいったい何が起きていたのか。
東京新聞は2月20日朝刊でこの問題を取り上げた特集記事「検証と見解/官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」を掲載した。この中で、過去に官邸から申し入れを受けた9件の内容について報告し、同時に官邸への反論内容も明かした。紙面からは、官邸と東京新聞が水面下で繰り広げた激しい攻防の一端が浮かび上がってくる。
まずは9件の内容の検討から始めたい。
「何回となく事実と異なる発言があったということも事実でありますので、実は新聞社には抗議をしています。かつて、たしか9回ほど。そして、今回は、これは、記者会見の主催はまさに記者会でありますから、何回となく続いているものでありますから、記者会に申し上げたということです」
菅官房長官は2月12日、衆院予算委員会で奥野総一郎氏(国民民主)の質問に対して申し入れは9回に及ぶことを明らかにした。東京新聞は一部の幹部だけで対応に当たっていたようで、社内でも菅官房長官が明かした申し入れの回数の多さに驚きを隠さない社員は少なくなかったという。
「検証と見解」によると、今回の質問制限問題の発端となったのは、2018年12月26日の質問だった。
沖縄・辺野古での米軍新基地建設に向けた埋め立て工事の土砂投入が12月14日に始まると、県の担当者を含めて現場では何人もが海水が茶色く濁っていることを目撃した。赤土の大量混入を疑うのは自然で、県が沖縄防衛局に立ち入り検査を求めたのは、工事の承認を与えた県として当然の措置だろう。
ところが、官邸は県の立ち入り検査を受け入れたり、内部調査を始めるどころか、「事実に反する」として疑問を呈する質問を問題視した。官邸は長谷川栄一・内閣広報官名で臼田信行・東京新聞編集局長に宛てた文書で抗議するとともに、内閣記者会にも上村報道室長名で「事実誤認等があり、問題意識の共有」を求める文書を出した(文書は2019年4月に入り3カ月以上たった今も内閣記者会内に掲示されているらしいが、記者会幹事社は官邸側に「記者の質問を制限することはできない」と口頭で述べ、文書は受け取っていないという立場という)。東京新聞に対する申し入れはこれで8件目だった。
内閣記者会宛の申し入れ文書に記された、「東京新聞の特定の記者による質問について、事実誤認等がありました」とする官邸の主張は次のような内容だった。
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