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桜の季節に安部公房を

閉塞したいまの言論空間を彼ならどう評するだろう

石川智也 朝日新聞記者

人間は〈ことば〉を種火に想像・創造のエンジンを始動させた

 年度替わり前後の寒気のぶり返しで例年より開花が遅かったため、恒例の首相主催「桜を見る会」が開かれた4月13日には、会場となった新宿御苑の数百本の八重桜はまさに見ごろだった。

 メディアが盛んに「平成最後」と報じたこの会には芸能人ら約1万8千人が出席したというが、安倍晋三首相は満開の桜の下の挨拶で、「平成を 名残惜しむか 八重桜」「新しき 御代寿ぎて 八重桜」の2句を披露。そして「皇位の継承がつつがなく行われるように準備万端、全力を尽くしていきたい」と述べた。

拡大安倍晋三首相と記念写真を撮る「桜を見る会」の参加者たち=2019年月13日、東京都新宿区

 二つの「象徴」によって誘発される情念が結びつく先は、紛れもなく、ナショナリズムだろう。しかもこの場合の「ナショナリズム」は、社会契約論的な「市民のネーション」を形成するそれではなく、多分に「血」と結びついた文化的、民族的なエスノナショナリズムである。

 情念は感性や感覚といった生理的機能と混同されがちだが、実はデジタル記号であるところの言語による認識機能の一形態であり、しかもその機能が弛緩した状態の言語もどき、「亜言語」なのだ、と安部は分析した。言語学者チョムスキー、大脳生理学者パブロフらの知見を咀嚼しつつ独特の言い回しで言語や文明、そして人間を論じたその分析は、まるで宇宙人が地球を観察するかのように徹底して客観的で、きわめて刺激的だ。

 信号知覚と反射行動が一対一で対応している動物とは異なり、人間はその閉じたプログラムを〈ことば〉によって開いてしまった。動物は捕食、逃避、攻撃、求愛、巣作りといったすべての「生」の形式が遺伝子に組み込まれたプログラムの実行だが、人間は外界の刺激をいったん〈ことば〉のフィルターを透過させ意味の信号に転換するという回りくどい方法をとらねばならない。そのため個体の行動選択はまちまちで予測困難になり、群れの統一行動は不安定化した。代わりに、経験と学習という、より高度な環境適応能力を獲得した。

 つまり、群れのどの個体も例外なく一糸乱れぬ行動をとる本能によるシステムの安定を捨て、人間は〈ことば〉を種火に想像・創造のエンジンを始動させた、ということになる。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。岐阜総局などを経て社会部でメディアや教育、原発など担当した後、2018年から特別報道部記者、2019年9月からデジタル研修中。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員。著書に「それでも日本人は原発を選んだ」(朝日新聞出版、共著)等

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