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写真家・岩根愛の旅(上)盆唄が繫ぐハワイと福島

木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家の「ハワイへ渡った福島太鼓」への思い

臺宏士 フリーランス・ライター

拡大木村伊兵衛写真賞を受賞し、福島県からお祝いに駆けつけた友人たちと一緒 に記念撮影する写真家の岩根愛さん(前列中央)=2019年4月24日、東京・一ツ橋、写真家・石田昌隆さん撮影

木村伊兵衛写真賞を受賞

 10年ほど前だった。

 東京の神田神保町にあったバーで居合わせた写真家の岩根愛さん(43)が、カウンターの上に、古びた1枚のモノクロ写真を広げた。絵巻のようにとにかく横に長いパノラマ写真だ。

 日本人の顔つきをした人たちが棺を中央に一列に整然と並び、神妙な面持ちでカメラのレンズを見つめ返していた。彼らは米ハワイの日系人で、血縁関係にある大勢の人たちが集まる葬儀の際には、集合写真を撮る習慣がかつてはあったのだという。

 この写真を撮ったカメラを使っていまの日系人の社会を撮影したいと、岩根さんが熱く語っていたことをよく覚えている。

 このときに、戦前、20万人以上が海を渡り、いまでは藪の中で存在を忘れられたたくさんの移民の墓地があることや、その子孫によって盆踊りがいまもハワイでは継承されていることを初めて耳にした。

 岩根さんが新人の写真家に贈られる2018年度の「木村伊兵衛写真賞」(主催・朝日新聞社、朝日新聞出版)を受賞した。同賞の対象となったのは、日本からハワイへの移民が始まってから150年にあたる昨年11月に出版した初めての写真集『KIPUKA』(青幻舎)と、展示「FUKUSHIMA ONDO」(Kanzan Gallery)だ。

 岩根さんは、米ハワイの日系人社会で根付いているボンダンス(盆ダンス)のフェスティバルに魅了され、毎年夏にハワイを訪ねて撮影をしている。

 盆ダンスのルーツの一つが福島県の盆踊りで、「FUKUSHIMA ONDO」(フクシマオンド)として今に受け継がれている。2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに福島の人々とハワイの人々による盆踊りの交流が始まった。

 受賞作品は、この二つの盆踊りと二つの世紀を超えて再びつながった移民の子孫と被災者を主な被写体にしている。

 写真集のタイトルに選んだ「KIPUKA(キプカ)」という言葉は、火山の島・ハワイでは、溶岩流から免れて草むらに覆われた島状に残った場所を意味し、そこから再び緑が広がる生命の源のようなニュアンスが込められている。岩根さんのお気に入りのハワイの言葉だ。

 長い時間と手間をかけた作品は、ノミネートされた作品のなかでの存在感は大きく、当初から本命視されていたという。

拡大木村伊兵衛写真賞を受賞した写真集『KIPUKA』に収録された作品

 岩根さんは4月24日に東京・一ツ橋であった授賞式でこう語った。

 「2006年に初めて訪れたハワイ島の藪の中で、忘れられた日系移民の墓地と出合ったことが私の旅の始まりでした。サトウキビ畑の労働者として150年前からハワイに渡った人たちの墓地が無数にあることを知り、すべての墓地を探したいと思いました。それから出合ったのが、ハワイのボンダンスです。先祖供養のために行われているので、とても賑やかです。その中でも一番盛り上がる生演奏のフクシマオンドを通じて、私は震災後の福島へ盆唄に導かれるように行くようになりました」

 岩根さんが制作にかかわったドキュメンタリー映画「盆唄」(配給ビターズ・エンド)は、岩根さんのこうした出合いの軌跡と重ねるように、ハワイの日系移民と、東京電力・福島第一原発事故の被災者との交流を描いた作品だ。

 岩根さんのハワイと福島の旅を追った。

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筆者

臺宏士

臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター

毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。 

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