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写真家・岩根愛の旅(下)福島の変化を撮り続ける

ハワイと福島への12年の旅を綴った『キプカへの旅』

臺宏士 フリーランス・ライター

墓石に「明治」「福島」の文字

 「自分の周りに亡くなった方々が立っているような感覚になりました。顔は、のっぺらぼうで、分からないけれど何人もが確かにそこにいる。でも全然、怖くないんです」

 岩根さんがハワイの日系文化に魅せられた一つに日系人が葬られた墓地がある。

 2006年8月。ハワイ島にあるオオカラという小さな町を訪ねた。町は、かつてはサトウキビ産業で賑わったがいまは棄てられた町のようになっている。鬱蒼とした身の丈をより高い茂みは、もともとはサトウキビ畑だった。

 その茂みをかき分けて進むと、一本の大きなホウオウ(鳳凰)木を見つけた。案内してくれた現地に移住した日本人によると、そこには、かつて日系人のための日本語学校があったという。

 学校裏に古い墓地を見つけた。石ころを墓石に見立てたようなお墓があちこちにあった。苔むした墓石に刻まれた文字には、漢字で「明治」とあった。

 岩根さんによると、こうした墓石には出身地や家族の名前も一緒に刻まれているという。例えば、

福島県信夫郡吉田村 守口勝蔵 享年二十二歳 明治四十三年十月三十一日▽福島県信夫郡佐倉村大字下 佐久間粂蔵三男勝治 享年八歳 大正八年一月八日

 「墓石の文字にぐっと来ました。この人たちのことをもっと知りたいと思いました」

拡大木村伊兵衛写真賞を受賞した写真集『KIPUKA』と近著『キプカへの旅』に収録された作品
 ドキュメンタリー映画「盆唄」(中江裕司監督)の中でも取り上げられたが、長くハワイの経済を支えたサトウキビ産業は競争力のある南米産の台頭によって衰退の一途をたどり、2016年、最後まで残ったマウイ島の農場が閉鎖された。

 日系移民の歴史は農場での労働から始まり、農場内に設けられた「キャンプ」と呼ばれた移民の居住地区には、学校やお寺、そして墓地も設けられた。農場の廃止とともにこうした日本からの移民らが住んだ居住地区も放置されたままになったらしい。

 この出合いをきっかけに岩根さんの日系人の墓地探しが始まった。

 「日本人移民の古いお墓を知りませんか」――。

 本腰を入れ始めた2014年からは毎年夏、ハワイに長期滞在した。週末は盆踊り、平日は各島々に点在するお寺を訪ね歩き、住職や檀家、そして一世ら地域のお年寄りに聞き回った。日本人の女性カメラマンがお墓を探しているという情報は次第に日系社会にも広がり、「お寺の古い記録に農場との土地の賃貸借契約があった」「古いお墓が見つかったらしい。行ってみるか」と声がかかるようにもなったという。

 「サトウキビ畑の中で育った二世も今では年齢も90代になっています。移民世代のお墓の記憶を持っている人とどう出会うかが重要です。数基だけから数百基もある大きなものまでこれまでに25カ所くらい探し出せました。多くは明治、大正のころに建てられたものです。墓石といってもセメントで作られたものもありました」

 忘れられた墓地と言ってもその風景は、裏寂れた感じではないようだ。サトウキビの代わりに生い茂るのはバナナやマンゴー、アボガドなどといったフルーツもある。そんな南国の風景を思い浮かべると、忘れられた墓地に親しみも出てくる。

 「日系移民たちの忘れられた墓地探しに再び力を入れようと思っています」

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筆者

臺宏士

臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター

毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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