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それでも先生になりたい アルバイト教師の実態

収入は正規よりずっと低いのに、きつい仕事ばかり回ってくる。これでも同じ「先生」か

佐久間亜紀 慶應義塾大学教授

正規の教師が敬遠するクラスを「臨採」に

 冒頭のアヤネさんは、臨採を2年経験しただけなのに、新しく着任する学校で、しかも未経験の6年生を担任させられるという。

 6年生の担任は、重責のうえ負担が重く、通常は、一定の評価を得た先生にしか任せられないポジションだ。

 まず、授業が難しい。授業時数が増え、学習内容の難易度が上がるのに、全教科の授業をしなければならない。社会科では日本史や世界史の通史を教え、理科も物理・化学・生物・地学の広領域を扱うため、子どもの疑問や質問にちゃんと答えるには、事前の勉強が不可欠だ。

 しかも、近年では教師主導型の一斉授業方法では許されず、子どもの探究活動がメインになるような授業形態を準備することが期待されている。そこに、道徳科や英語も加わった。

拡大maroke/shutterstock.com

 また、6年生になると、出来ない子と出来る子の差が大きくなっていて、それぞれへの対応が求められる。一昔前は、子どもの平均的なレベルにあわせた授業をしていればよかったが、今は違う。下位層の子どもが追いつけるような個別学習を準備しながら、上位層の子どものための発展学習のプリントなども、用意するよう求められている。

 生徒指導にも力量がいる。6年生ともなると、子ども達は思春期まっさかり。子ども同士の人間関係が難しくなっていたり、大人への反抗心をむきだしにしてぶつかってくる子どもがいたりする。そんななかで、教科担任制の中学校で自立していけるように、小学校のうちに育てておくべきことを、総仕上げとして指導することが期待されている。

 何より、6年生は忙しい。最高学年として、ことあるごとにリーダーシップを発揮しなければならないので、休み時間も放課後も、打ち合わせや準備の作業が目白押しになる。移動教室など宿泊を伴う学習や、卒業文集やアルバム、式の練習など、卒業にむけた様々な行程もこなさなければならない。

 そんなわけで、6年生の担任は、残業が人一倍多くなるし、体力も指導力も必要になる。そのため、その是非はさておき、男性の先生が高学年を担当させられることが多くなってしまっているくらいなのだ。

 その仕事を、未経験のまま担わされ、同時に教員採用試験に備える自分の勉強をしながら、こなしていかなければならない。

 不合格なら、来年もこの状況が続く。落ち続ければ、永遠に非正規のままだし、一年ごとの契約更新なので、来年の仕事があるかどうかも不確かだ。

 しかも、臨採は一年ごとの契約なので、一年ごとに学校を変わるのが基本だ。学校側からすれば、教育委員会に対して、「一年間は臨採の先生で耐え忍ぶから、来年度は必ず正規雇用の先生を、人事で充当してください」という要望を出すわけで、非正規のポストはあちこちの学校に移っていくことになる。

 転勤は、誰だって苦労する一大事だ。同僚の顔と名前を覚えるだけだって大変なのに、新しい人間関係のなかに飛び込んで、一から信頼関係を築いていかなければならない。

 子どもの話を理解するのだって、地域の状況がわからなければ大変だ。例えば子ども達がよく口にする「サントク」が、スーパーの名前だったと、しばらくしてからやっとわかる、などというように。

 冒頭のアヤネさんの場合、後でわかったことだが、担任するようあてがわれたのが、前任者にいろいろあって、荒れてしまった大変な学級だったという。正規雇用の先生が誰も持ちたくないといい、仕方なく空いたポストにアヤネさんが着任することになったということだったらしい。

非正規の立場は圧倒的に弱い

 そのうえ、こんな重大な連絡が、校長からSNSで伝えられたという。

 「校長先生からの連絡は、これだけでした。先生はどう思われますか?」と送られてきたスクリーン・ショットの画像には、こんなメッセージがあった。

「6年の担任です。よろしく(^_^)」
「歴史の勉強しておいてください」

 いくら非正規でも、人事マターの伝達に、この対応はないのではないか――。ラインの画面を長いことみつめながら、私はもう一度、絶句した。

 私が校長に話をしようか、ともアヤネさんに提案した。でも本人は、正規雇用を目指しているし、校長先生の評価が人生を左右するから、ここで下手に波風をたてたくないという。

 非正規教員の立場は、圧倒的に弱いのだ。

 結局、アヤネさんは、教員採用試験の面接練習を、校長先生が直々にご指導くださるという約束をとりつけて、そのまま6年生の担任を受け持った。

 そして、彼女は本当に全力を尽くした。粉骨砕身とは、こういうことをいうのだと思う。

 学級の子どもと信頼関係をつくることを、まず目標にした。子どもの本音を聴けるように「一言日記」を書いてもらって、赤ペンで感想を書いて返す。そんな地道な作業を、毎日続けた。

 ある子どもは、放課後に、学校の外で事件をおこしたという。警察から連絡があって飛んでいき、児童相談所とやりとりしながら、子どものケアに心を砕いた。

 「家庭がしんどい子なんです。でも、本当は、とっても優しい子なんです。かわいいんです」

 アヤネさんは言った。

 別の子どもは、キレると手がつけられないくらい暴れて、他の子を怪我させてしまうという。ある時、事件がおきて、アヤネさん自身がその子に殴られたと、真っ赤に腫れ上がった腕の写真が送られてきた。

今日、他の学年の先生に、些細なことで注意を受けた子が、取り乱して大変でした。
私は腕をたたかれました。
この子は、自分なんかこの世に必要とされてないと思ってる子で。今までずっと話し合いをしてきました。手をあげることだけはやめようって約束して、ここ2ヶ月は、自分でクールダウンできるようになってきていたんです。
私、悔しくって。
他の学年の先生に、あの子のプライドとか、いままでの頑張りとか、一瞬で傷つけられたこと。
あの子が、約束を守ってくれなかったこと。
自分がまだまだ未熟だったこと。
子どもの前だったけど、泣いてしまいました・・・
もう、子どもと向き合うのも嫌になっちゃいました。
すみません、先生。ただ話を聴いてほしくて

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筆者

佐久間亜紀

佐久間亜紀(さくま・あき) 慶應義塾大学教授

1968年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学後、博士(教育学)。東京学芸大学准教授などを経て、現職。専門は、教育方法学、教師教育、専門職論。教師の力量形成の方法やその歴史を、日米比較やジェンダーの視点から研究するとともに、実際に各地の学校現場で、教師達と共に授業づくりに取り組んでいる。授業研究会「第三土曜の会」主宰。主著に『アメリカ教師教育史』(東京大学出版会、2017年、第13回平塚らいてう賞受賞)、共編著『現代の教師論』(ミネルヴァ書房、2019年)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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