地方分権、人材枯渇、そして教員全体の疲弊…。学校現場を襲う負の連鎖
2019年05月12日
教員不足が問題になっている。
2019年度も、4月から早くも不足のニュースが流れている。NHK富山によれば、富山市では、始業式を迎えても担任が埋まらないなど、小学校9校で13人、中学校10校で14人、合計27人の教員が不足しているという。(「産休や育休などで教員不足 担任決まらない学校も 富山」参照)
重要なのは、いま学校が採用したくても埋まらないのが、非正規雇用教員の枠だということである。(前々回記事『先生が足りない! 教育現場の悲鳴』参照)
非正規雇用教員の約半数は、臨時的任用教員と呼ばれる任期付きの常勤講師(または教諭)だ。学級担任や部活などを任され、正規雇用の先生とほとんど同じ仕事をしているため、職員室をのぞいただけでは誰が非正規かはわからない。(前回記事『それでも先生になりたい アルバイト教師の実態』参照)
なぜ、これほどまでに非正規雇用教員が不足する事態となってしまったのか。
理由は大きく3つ上げられる。
最大の理由は、正規雇用の枠が非正規雇用に置き換えられ、非正規雇用教員への依存率が高くなったことにある。
現時点で公開されている文科省調査は2011年までのものしかなく、文科省調査によれば、2005年(H17)に8.4万人(12.3%)だった非正規教員の割合は、2011年(H23)には11.2万人(16.1%)へと増加した。
臨時的任用教員の内訳をみても、産休・育休代替の先生の数よりも、各自治体の裁量によって採用されている臨採の先生の数(棒グラフのピンクの部分)が増えていることがわかる(下図参照:文部科学省「非正規教員の任用状況について」)
主に、以下4つの大きな改革によって、各自治体が、教員の給与を減らして財源をつくることで、自由に教育改革にとりくめるようになったのだ。
2001年に「公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律(以下義務標準法)」が改正された。これは、国庫補助金改革・税源移譲による地方分権と、地方交付税削減による財政再建の方針のなかで求められた改革だった。
この改正によって、義務教育費国庫負担の対象に、非常勤講師を含めることが可能になったのだ。
義務教育費の国庫負担制度とは、子どもが生まれた地域によって受けられる教育に差がでることがないよう、各地方自治体が義務教育を実施するのに必要な経費の一部を、国が負担する制度だ。そして、国が負担する経費のほとんどは、学校の先生の給与費で占められている。
単純化していえば、「うちは財政状況が厳しいので、必要な人数の先生を雇えません」という地域がでたり、「A県は先生がたくさんいるが、B県では先生が足りなくて子どもが授業を受けられない」というような地域差が大きくなったりしないように、学校の先生の人件費の二分の一を、国が負担して地方に渡していたということだ。(詳しくは、苅谷剛彦著『教育と平等』中公新書、2006年、参照)
国からすれば、教員の給与に使ってもらうために渡したお金を、各都道府県が勝手に他のことに使ってしまったら困る。そのため、地方自治体が他のことに使えないよう、厳しい縛りが定められていた。
この縛りが、2001年に緩和されたのだ。それまでは、国が負担する教員の人件費は、正規の教員分にしか使えなかったのだが、この改正によって、非常勤講師の人件費にも使えることになった。
さらに2004年、義務教育費国庫負担制度に総額裁量制が導入され、2006年には国庫負担の負担比率が二分の一から三分の一に切り下げられ、減額分は都道府県に税源移譲されることになった。
国から、教職員のお給料に使いなさいと渡されるお金の、総額を超えない範囲内であれば、先生達の給与の種類や額、そして教職員の数を、地方自治体が自由に決定できるようになったのである。
例えば、正規の先生1人分の人件費で非常勤講師を2人雇い、算数の時間だけクラスを2つに分けて、少人数学級で授業しましょう、といった取り組みが、自治体の裁量でおこなえるようになった。
2004年にはまた、国立大学の独立行政法人化によって、教員給与の国立学校準拠制が廃止された。
それまでは、地方公務員である公立学校の先生のお給料の額は、国立大学附属学校の先生の給与額に準じることとされていた。
これも、子どもが受ける教育機会の均等を守るために作られた制度だった。もしも県の財政状況の違いが学校教員の給与に直接反映されて、地域格差が大きくなりすぎると、給料の高い地域に優秀な先生が流れてしまう可能性が高い。先生が集まりにくい地域が生じたり、その地域の子どもたちが質の高い授業を受けられなったりするのを防ごう、という考えが、そこにはあった。
ところが同年、国立大学が法人化されてしまい、附属学校の先生達は国家公務員ではなくなってしまい、人事院勧告を経て適正な給与基準が決定される対象ではなくなってしまった。これをきっかけとして、準拠制の縛りも撤廃され、各都道府県が自由に給与を決定できることになった。
その上、2006年からは地方公務員の定員削減計画が始まった。
地方財政が厳しさを増す中で、公務員の数を減らし、さらに公務員を非正規化して人件費を節約することによって、財政の効率化が目指された。
教育公務員は、地方公務員の約3割を占める。そのうえ、時代は少子化に突入していた。子どもの数が減るのだから、先生の数も減らすのは当然だという理屈も重なり、教育公務員は、真っ先に数減らしのターゲットとなった。
このような地方分権改革のなかで、地方自治体の裁量が増したことは、教育現場にとっては諸刃の剣となった。
一連の改革の結果、各自治体の裁量の幅が増し、知恵と創意工夫によって独自の教育改革が行えるようになった。
しかし、教育予算の総額は増えない。むしろ、減少する一方だ。そのため、地方自治体は、教員の給与や待遇を切り下げることによって、改革に伴う予算を生み出していった。
その結果、改革前には臨時的な場合に限られていた非正規雇用が、常態化されることになってしまったのだ。「臨時的任用」の教員が「常時的」に任用されているという矛盾が、学校現場に生じることになったのである。
例えば、一連の規制緩和の結果、自治体の教員採用計画の裁量は増えた。その裁量は、「将来の少子化の進行に備えるために、いま現在必要な先生は正規雇用せず、臨採枠に転換してしのぐ」というような、いわゆる「雇い控え計画」となって現れた。
このようにして、子どもが受けられる教育やその環境の、都道府県格差・地域格差が拡大したのだった。
第二の理由は、非正規雇用教員の需要が増えたのに、供給数が減り続けて、非正規雇用教員の人材の層が枯渇してしまったことだ。
2018年文科省アンケートによれば、11自治体のうち過半数の8つの自治体が、教員不足の最大要因として「講師登録名簿登載希望者数の減少」を上げていた(文部科学省「いわゆる教員不足について」)
「チャンスがあれば臨採の先生をやりたい」という人は、教員採用試験を受験するときなど、あらかじめ各自治体に登録をしておくのだが、この登録者数がそもそも減っているというのだ。
非正規の先生として採用できる人材には限りがある。年度途中で、ある先生が急に病気になって出勤できなくなったとき、「代打」としてすぐに採用できる人は、教員免許を持っている人のうち、現職がないか、現職をすぐに辞められる人しかいない。
あるいは、年度初めから、学級担任など正規雇用教員とほぼ同じ内容の仕事を、非正規の待遇でおこなわせる「臨時的任用教員」になりうるのは、主に、教員採用試験には不合格だったけれど、浪人してでもどうしても教職につきたいという教職志望の若者たちである。
ところが、多くの自治体で非正規教員の需要が増加した2001年当時は、ベビーブームに対応して大量に採用された世代の教員が、各地で定年を迎え始めていた時期だった。そのため、2000年を境として教員採用数が増え、採用試験の倍率も下がり続けていた。(下図「教員採用の競争倍率の推移」参照:文部科学省「いわゆる教員不足について」より)
つまり、採用数が増えて、試験に受かりやすくなったので、教職を目指す若者は、きちんと正規雇用で採用されるようになり、試験に落ちて非正規になりうる層は減少を続けたのである。
追い打ちをかけたのは、2007年の教育職員免許法改正だった。
教職への熱意や使命感をもつ者だけが教職に就くべきという問題意識のもと、教員免許がますます取りにくくされた。そのうえ、一度取得しておけば生涯有効だったはずの教員免許に更新制が導入され、有効期限が10年間にされてしまった。
要するに、地方自治体は非正規への依存を強めたのに、国は「すぐに教員になるつもりはないが、とりあえず教員免許を取得しておこう」という者や、免許は持つが教職に就いていない「ペーパー・ティーチャー」を排除する政策を推進したのである。
ただし2000年代には、まだ非正規教員の人材のストックがあった。1991年から10年間は教員採用数が減少し続け、2000年には教員採用試験の倍率が小学校で約12倍、中学校では18倍に達していた。教員就職氷河期と呼ばれた十年間に、試験合格を目指し続ける志望者層が形成されていたのである。
この層からの供給をも使い果たし、非正規需要が上回って不足が表面化したのが、2010年代に入ってからだったといえる。
第三の理由は、労働環境の悪化により、教員が総体的に疲弊したことである。
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